響け僕らの | ナノ


▽ 19

「はい、いーちにーさーんしー」

「ふぅぅー…ぶはっ!い、息が続かない…」

「夏未さんファイト、しーちはーち」


しかしこれ、誰が何度見ても変だ。…集団が揃って廊下に倒れてる光景なんてそうそうないもの。



カッチカッチカッチチーン、カッチカッチカッチチーン。
規則正しく拍をとるメトロノームに合わせて手拍子を打ちつつ、足元に倒れている死体…もとい、仰向けに転がっているサッカー部達を見下ろす。やっぱりこれも基礎練の一つなんだけど、私一人だけが立ったままだと…何だろう、あらぬ誤解を受けそうな気もする。

この基礎は呼吸を鍛えるもの…だったはず(何がどれを鍛えるかとか、正直、覚えてない)。
仰向けに転がり手をお腹の上にやり、息を八拍吸って、八拍止めて、八拍で吐く。簡単そうに聞こえるても、メトロノームのテンポはだいたい60から80とけっこう遅め、八拍間同じ勢いで息を吐き続けなければならないしと、意外にできないものだ。
普段の吹奏楽部では、十回で1セットを2セット繰り返し、さらに拍を十二拍にしたものと十六拍にしたものを2セットずつやっている。…けど無理そうだから、今日は八拍を4セットだけにしておこう。
ちなみに仰向けになってやる理由は、あれだ、腹式呼吸のコツらしきものを掴むためらしい。なんでも寝てる時の呼吸は腹式呼吸らしく、なるべく眠りに近い体勢で……と。理屈や名称はどうあれ、お腹を使う、ということが大事なのだ。

普段意識せずにしている呼吸の大半は、胸のあたりでやってる呼吸。これだと息の量も勢いもないからいい音がならない。対して腹式呼吸はというと、腹筋を使うから量も勢いもつくし、息が揺れにくいから音もあまり揺れなくなる。
顧問の言葉を借りるなら、「腹筋鍛えられるし歌上手くなるし音もよくなるしいいことだらけだよねー。イエーイ腹式呼吸ばんざーい」…と。

……うわなんかいらってきた。いらってきた。一度死んでしま…ごほごほ。


「水希、もう4セット終わった、よな?」

「…ああ、そういえばそうね。気分とか体調悪い人はいない?まあ、こんなことだけで悪くなる人はいないと思うけど」

「…あの、水希さん。夏未さんが…」

「っ、ふぅ…ふー…」

「……十五分後に音楽室に集合。それまで休憩でいいでーす」


夏未さんのためにも、休憩、取ろう。どのみち職員室に行かなきゃならなかったしね。

++++

職員室へ行く途中、出掛けた二人のことを考えた。

柚は部長としてすごくいい性格してる。皆平等に優しいけど、部活とかじゃ甘やかすわけじゃないし(銀髪の眼帯は例外として)、物を教えるのが上手なうえ、演奏中はドラム(とその他パーカッション)も上手。身内のひいき目とかじゃなくて、他校の先生とかにも言われてた。
名前は…あれは…あれ…、集団をまとめて引っ張れる。なんだかんだで的確な指示出してくれるし、意外に面倒見がいい。技術的なことを言うと部内ではかなり上のレベルだろうし(技術的な面での一番はきっと幽霊部員の彼ね)、肺活量だけなら間違いなく一番。

仮に、そんな二人がいない今の状態の中、一人で上手くやれる?なんて聞かれたらどうなるだろう。私とサッカー部はほとんど面識ないわけで、人をまとめるのだって上手くない。実際二人がいなかったら、初心者だらけなサッカー部はここまでできなかったはずだ。

私は二人に比べると技術的には下。でも、技能がないからできない、無理ってのは絶対にないと思ってる。できないならできるようにすればいいんだから。やれないじゃなくて、自分ならやれる、というかやる。…頑張ることは、誰にでもできる。やるかやらないかは自分なんだから、私はやると決めている。

結論を言うと、とりあえずやる。二人が居てもいなくてもやる。やれるの?じゃなくて、やる。やってみせる。居てくれた方がいいのに変わりはないからさっさと帰ってこいって感じだけど。
それと、二人のどっか(性格的な意味で)抜けてる部分を補うのも私の役割、か。一応は副部長だし。


…と、考えが一段落したところで職員室の顧問の机に到着。近くの先生に断りを入れてから机の上を漁ると、目当ての物が見つかった。にしてもこの机はもう少し片付けるべきだと思う。

さあ、音楽室に戻るとしよう。続きをやらなくちゃ!

Soloでもなんでも
(やれるやれる大丈夫。というか、なんとかなるでしょ)

++++

Solo…ソロ。独奏。
(帰ってくるまでもう少し!)
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