響け僕らの | ナノ


▽ 18

「疾風ダッシュ並の速さで出発してったぞあいつら」

「部長さん、すごい行動力っス…」

「……で、残された私達は何すればいいんだか」


わからない、と言葉を紡ごうとした時、オレンジ色のメモ用紙が目に入る。さっきまでこんなメモなかったから、この時点で何なのか予想がついた、のだが。…ちらっとメモを見て、思わず脱力しかけた。



「……めっちゃくちゃアバウトな指示ね…あの速さで残してくれたのは凄いけど」


オレンジのメモ用紙には、予想通り留守番中の指示があった。ものすごくアバウトな。でも、柚の爆弾発言と行動力に振り回されるのもそれに置いていかれるのも珍しくはないから、ため息をつくだけですんだ。
しかし初めてそれを見たサッカー部は今だにざわついて…当たり前ね、柚が提案してから出発まで十分もなかったし、出発してからまだ五分くらいしか経ってないし。…これは慣れてもらうしかない。


「水希、それに何か書いてあったのか?」

「風丸…まあ、かなりいい加減な指示が、ね」


メモを見遣り、もう一度ため息をつく。風丸が幸せ逃げるぞなんて言ってるけどどうでもいいわ、ため息つきたかったんだもの。
それじゃあ、留守番中の練習を始めますか。


「サッカー部、廊下に出て。あんた達の得意そうな運動やるわよ」

「はい?」


運動…すなわち、走り込みである。


++++

「よし、壁山くん…と女の子達も帰ってきたね。ちゃんと四周してきた?」

「し、してきた…わよ…!」

「ふう…吹奏楽部って運動部でもないのに走り込みをしてるの?」


助っ人メンバーには、校内を一階から四階まで(階段の上り下り含め)四周してきてもらった。これ、マネージャーや助っ人の女の子達には結構辛かったはずだ。
サッカー部の男子は普通に走ってきてくれたけど、はっ、はっ、と、少し息があがってはいる様子。
一応全員帰ってきているのを確認して、木野さんの質問に答えた。


「最低でも三日に一度はね。毎日できなくてもやらないよりはマシだから」

「けど吹奏楽に走り込みって…必要なのか?」

「違う。吹奏楽だからこそ、よ」


半田くんはまったくわからないといった顔をしているけど、本当に吹奏楽だからこそ必要だと言えるのだ。


「楽器を吹くの基本の一つとして、肺活量…はまず必要。そのために走るの」

「?」

「…走ったり運動した後って大概は呼吸が大きくなるでしょ?」

「ああ、そうだな」

「それが大事。この状態で楽器を吹いたら普段より吹きやすいし、音もよく出るのよ」


肺がしっかり動いているから、肺活量が上がる…らしい。正直よくわからない。とりあえず肺活量やら息の量や圧力が変わるのは確かだから、一度走らせておいたわけだ。
吹奏楽の走り込みには、普段からの肺活量アップを目指したり、純粋に体力をつけるためだったり、いくつかのちゃんとした目的がある。だからこそ、某サックス担当のあの子も毎日(余計な体力使わないよう一言も声漏らさないけど)死にかけつつ走ってる。余談だけど、他に放送部なんかも、アナウンスだとか喋りとかのために走り込みをして鍛えるらしい。文化部だって楽じゃない。


「吹奏楽部って以外に体力いるんだな…階段上る時はちょっときつかったよ」

「半田、体鈍ったんじゃない?」

「そんなことな…」

「ほら、話してないで次やるわよ。休憩はもういいでしょ」

「はは、すっごい半端なとこで言葉遮られたね半田」

「……」

「え、まだやるのか?」



そう、まだまだ。長い期間はないからかなり短縮するけど、最低限の基礎はやってもらわないと困る。今日は土曜日、一日部活の日。午前中一杯は楽器なんて吹けないかもしれない。

留守番中にやる内容は…これからやることで大丈夫なはず。ポケットに入れたオレンジのメモを再び確認した。

"呼吸を教えておいてね?柚より"
"基礎練がんばー。名前"
……やっぱりアバウト過ぎるかもしれない。



留守番、L'istesso tempo
(でもま、教える時に三人いても一人だけでも特に変わらない。とりあえずはね)

++++
L'istesso tempo
(リステッソ・テンポ)
…拍子が変わっても演奏速度は変えないこと。
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