▽ 14
「まさか指揮者がいなくなるなんて…あ、」
「柚、なんか思い付いた?」
「なら帝国に行こう!」
明るい顔をして久々に爆弾を投下した柚部長。一拍おいて、サッカー部と僕と水希の叫びが響き渡った。
雷門中吹奏楽部の指揮者は顧問の先生だ。しかし、北海道で一人暮らしをしている先生のお母さんが、家の外の階段から落ちて足を骨折したそうだ。更に落ちた拍子に水を被ってしまい、こじらせて肺炎に。お母さんの看病をするために先生は北海道に行ってしまった。
一応、あまり顔を見せない顧問が一人いるにはいるので活動はできるけど、指揮者がいないと音がまとまらない。大半が助っ人という今の状態では尚更だ。どうするよこれ?となったとこで、冒頭に戻るわけだ。
「帝国に行けばどうにかなるわ」
「まてまてまて、何故に帝国?なんで!?」
「サッカー部に、指揮者のアテがある…と、思うの。それに先生も北海道に行く前、"とりあえず指揮者は他校とか生徒から引っ張ってきて頑張りなさい"って言ってらしたし」
「なんていい加減な言葉を残して旅立ちやがったんだ顧問……!」
つい呟くと頭に衝撃。そんな言葉遣いはだめだと風丸に怒られた。ごめんなさい。
というか、サッカー部?
驚愕する僕らをスルーし、どこかに電話をかける柚。なんかもうその満面の笑みを見るだけで相手が誰か予想ついた。間違いなく、帝国サッカー部所属の彼氏だ。だってめちゃくちゃ幸せそうな顔だし。そして電話を終えた柚は、笑顔のまま宣言した。
「すぐ帝国に出発するよ!けど、ちょっと病院に寄るからね」
早いよ!
++++
ぐらぐらーん、車に揺られてゆらゆらーん。あれからすぐに車を手配してくれた夏未さんに驚いた。引き抜きたい選手がいるなら私に知らせなさいなんて守に言っているらしいが、うん、本当にそれくらいはできちゃう人なんだと思った。すごいよ夏未さんすごい。電話一本で車手配した素早さを見てすごさを実感した。
……とか考えてるけど、実際今の僕の状態はやばい。吐きそう、いや無理もう無理。はやく降ろしてぇぇぇ…!
「おい、大丈夫か名字」
「ぅ……ぃーっす…」
「…ほんとに辛いみたいだな」
背中をさすってくれる鬼道さん、なんていい人なんだ。ありがとうと返したいが今はほんと無理。うう、帝国に縁のある鬼道さんはともかくとして、車酔い酷い僕がなんで着いて来なくちゃいけなかったの。
助手席に座る柚を恨みがましく見つめると、ごめんねというように苦笑いした。「指揮を頼む子に、先に会って欲しいの」それに、と柚が言葉を続けようとした時、車が少し大きめに揺れた。僕の体力も気力も残り少なくなってるのに、ちょ、きもちわ、るい。無理。
目を閉じて必死に吐き気と戦っていると、体が横に引っ張られて倒された。あれ、頭の下にあったかい物体。なんだこれは人の体の感触がする。まさか。
「き…ききっき、どさん…が…ひざまく…で、と…?」
「…俺もひざ枕くらいできる。気持ち悪いからといって車内で吐かれても困るしな」
気にしないで寝ていろ。そう言って頭を撫でる鬼道さん。貴方は母か、いや父か。ほんといい人。貴方、春奈ちゃんだけじゃなくて僕のお兄ちゃんにもなりませんか。
まさかの状況だけど、横になれて楽になった。普段ならもう少し遠慮するはずの僕だけど、今回はそんな余裕すらないのでお言葉に甘えさせてもらうことにします。次に目を開けた時にはどうか到着していて欲しい。それじゃあおやすみ。
揺られて、tranquillo(……あ、もしかして病院から帝国までも、帰りも、これ…車なの…?…どうするよ…)
++++
tranquillo…トランクイロ
[静かに][穏やかに]
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