響け僕らの | ナノ


▽ 13


「水希、豪炎寺くんの調子はどうー?」

「……ああ、うん。ちゃんとやってるよ」

「あ、ああ…邪魔でした、ですよね…?」


何故だか若干言葉遣いがおかしくなりつつも、とりあえずすみませんでしたーっ謝ってからその場を離れる。あれ、なんで僕謝ってから出てってるんだろう。あれ、僕、様子見に行っただけ、あれ。



「ややややばいあの空気の間に三十二分立ってろとか言われたら僕十三分で気絶できる自信があるようわあああ」

「…何があったんだ?」

「よくぞ聞いてくれた鬼道さん」


呆れと苦笑の表情を浮かべつつもきちんと返事をくれる鬼道さんの優しさらしきものに涙が零れるところでありました。あ、まだ口調がおかしい。後ろにいる一之瀬くーん、笑うなばかー。


「あのですね、僕は豪炎寺兄妹の様子を見に行っただけのはずなんですけど、あまりの居心地の悪さに30秒経たないうちにさようならしてきました」

「早いな」

「あの空気はいけない。双子のくせに、鬼道さんのゴーグルとマントみたいな関係のくせに…!」

「…ゴーグルとマントは関係ないだろう」


あの並んで座ってる結構目つき鋭い双子がさ、僕が入った瞬間同じ動作同じタイミング同じような冷えた視線でこっち向いたんだよ?冷えた視線と揃った動作の二重の意味で怖かった!気まずいにも程がある。あれが夢に出たら絶対魘される。あの冷たい目線を何度も何時間も浴びせられる夢…ご、拷問だ…!


「帰ってこい名字、視線が遠い」

「もうやだお化け屋敷並に怖えええ」

「名字さんお化け屋敷駄目なんだ、意外ー、っと」

「のおおぁっ!?」


気が付いたら背中に不思議生物もとい一之瀬くんがくっついてました、何故だ。そうか僕が意識飛ばしてたからか。「名前、今度一緒にお化け屋敷行こうよ!」……丁重にお断りさせていただきます。


「そっか、残念だなあ」

「とりあえず突然名前呼びになった件については、あだ名つけてもいいよーみたいなサインだと解釈していいの?」

「えー、そこは名前で…」

「いちのせはきらっ、略してノラ!」

「俺はノラ猫じゃないよ?」

「んー、じゃあ」


これは、と続けようとした僕の肩を叩いた鬼道さん。手には楽譜とフルート。…どうでもいいけど、この二人フルート似合うね。


「すまない、ここの楽譜が読めないんだが…」

「もう楽譜?さっすが、早いね…ここは十六分音符なんで、たららったらっ、二拍休んでたららたららっ、だよー」

「なるほど、ありがとう。…それと、あいつらはなんだかんだ言ってもやるときはやる双子、だな」

「へ?」


双子…ってことは豪炎寺兄妹のことだ。けど、何故にいきなりそうなる。ぽかーんと首を傾げてみた。ら、名前ー窓の外ーと呼んでくる一之瀬が見えた。
開いている窓に近づくと、微かに音が。トランペットの音だ。

距離があるからか、微かに響く一本の音。……ただ、水希の音だけじゃない。高い音はまだ少し掠れ気味だけど、豪炎寺くんも一緒に吹いている。さっきの様子を微塵も感じさせないほど二つの音はピッチもタイミングも揃っていて、二つで一つの音を奏でていた。


これが、あの二人の響き。全くの他人の初心者同士が吹いてもああはならないはずだ。いくら他人のようなふりをしても、あの二人はやっぱり兄妹、双子だから。きっと本質的な何かが似ているから、この響きが生まれたんだ。

とくん、とくん。
何かが、疼いた。響きに誘われた、僕の何かが。この疼きは、


「…トランペットは大丈夫みたい、だね?」

「だね。さあ、俺達も豪炎寺に負けてられないよ、鬼道!」

「ああ、やってやろう」


俺達の響きも、必ず。
不敵に笑う二人は、すっごく頼もしく見えた。フルートだけがそれにあってないけど。

僕も二人も、頑張ろう。あの疼きの正体も自分の響きも、全部見つけてやるんだ!


不思議な連符も、一つの音も
(全部引っくるめて、それが楽譜!)
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