響け僕らの | ナノ


▽ 10

「へえ、けっこう近くにあったんだね」

「ここにリードが売ってるんですか?」

「うん、音楽関係のだったらだいたい揃ってるんだ。あ、荷物持ちよろしくねファンタ」

「ファンタジスタ略すなって」


某炭酸飲料水みたいだろうと抗議してくる土門。そうだね、それならまた別なのを考えてあげるよ!


リードを入手しに近くの音楽用品店にやって来ました。ここは学校から近いし他よりも少し安く売ってるし品揃えもいいしと、かなりいいお店なんだよね。
今買わなきゃいけないのはクラの三番リード一箱、テナーとアルトの三番リードを二枚ずつ、ラッカーポリッシュとバルブオイルを一つずつ。けっこうな出費だけど、消耗品だから仕方ないのだ。


「リード類はここの棚にあるよ。もし自分で買いに来ることがあったら、クラのリードはこれ。で、箱とかに3って表示されてるのを買ってね。まあ、今買う分で大丈夫だと思うけど」

「へぇぇ、いろいろ種類があるんですね!」

「てか高くね?これとか一枚で三百円近いし」

「吹奏楽部って、金銭面でかなり大変そうだね」

「その辺は自腹したり稼いだりしてなんとかするのー」


買う物をまとめてレジに持っていって会計を済ませる。うわぁぁ金額を目に入れたくないよぉぉ…けれどこの時、レシートを忘れてはいけない。レシートは持って帰り、部費の出費や収入を記録するノートに貼付け、計算するからだ。このノートを家計簿ならぬ部計簿と呼びます。
レシートを残りの部費と共に吹奏楽部用財布にしまい、荷物は土門に持たせて店を出たのは学校から出てちょうど三十分ぐらい経った頃。これなら学校に帰ったあと、頑張れば二時間は練習できると思う。

++++

歩いて校庭まで戻ってきたところで、何やら違和感を感じた。ついでに部活をしている人や、それを見ている帰宅部や文化部の人たちも少しざわついている。
なんでだろう、と思って隣の三人を見ると、三人は特に何も感じてない様子。春菜ちゃんが少し首を傾げているっぽいだけだ。
なんか足りないような、校庭にぽっかり空間があるような…ん?

再び三人を見る。僕の隣にいる三人、音楽室にいるサッカー部、…あ。


「サッカー部が練習してないから、校庭がすっかすかに感じるんだ」

「ん?なんだって?」

「君たちが練習してないから、みんなびっくりしてざわついてるってことだよ」


ジスタ(土門)やマックスはやってる当人たちだから実感ないだろうけど、周りで活動している人とか見学者っぽい人とか僕みたいに校舎内から覗いてる人からすれば、サッカー部がいないだけで校庭の雰囲気が違って見えるんだ。ほら、サッカー部っていろいろ出してるし。

それにさ、こっちに気づいて走ってきてる二人の女子先輩を含む見学者って、ほとんどサッカー部のいけめんを見に来てるわけですから。ああちくしょー、いけめんなんてほろびてしま、…何でもないでーす。でもさ、今現在目の前に到着した可愛い先輩、いや可愛いからって好きになれそうではないタイプの方々ですけど、とにかく先輩に話し掛けられるのはやっぱりこの三人がいるからなんだろうねきっと。お前たちは何故サッカー部なんだ、いやサッカー部だから引き抜いたんだけどね。


「あの、サッカー部だよね?今日は練習しないの?」

「あ、はい。私達、これから三週間は校庭使いませんよ」


先輩の質問に対し、丁寧に答える春菜ちゃん。さすがマネージャー。そしてその返答を聞いた先輩やいつの間にやら集まったギャラリーは、あからさまに落ち込んだり驚いたりしていた。


「なので、運動部の皆さんでサッカー部の練習場所も使用して大丈夫だと思いますよ?キャプテンもそういうでしょうし」

「お、ありがとうな!」

「はい!では、私たちはこれで…」


そう言って春菜ちゃんが戻ってくる。さあ早く戻ろう!正直、こんなに人がいる状態の中で君達三人と一緒にいると、美形率的な意味で僕が場違い過ぎるんだよほんとに。「おーい名前、俺の後ろで何してんだ?」ああジスタ聞くな、そして見るな馬鹿、必死に目立たないようにしてんだよ。ちくちくする女子の視線から必死で隠れてるんだってば。


「名前、そんな下ばっか向いてるとぶつかるんじゃない?」

「大丈夫大丈夫夫dだよ、だから今は極力話し掛けないで、んでさっさと戻らない?」

「はいはい。じゃあ音楽室に戻ろうぜ」

「え…ちょ、ちょっと待って!音楽室は吹奏楽部の活動場所じゃ…?」

「はい、そーっすよ。今のサッカー部は、吹奏楽部の助っ人…」

「っわぁぁ土門、そろそろ戻らないと部長が怒るよ、それじゃあ失礼しますねー」


くそ真面目に答えた土門にラリアットを食らわせて引きずる。もう後ろのどよめいているギャラリーは放置だよ放置!これ以上長引くのは僕がごめんだし、あまりに遅いと本当に怒られかねない。
というかジスタ否、土門が教えたことによる影響がものすごく早い。既にギャラリーならぬサッカー部の追っかけが校舎に移動し始めてるから、校舎内がだいぶうるさくなりそうだ。どうせいつかは知られることだけど、もう少し後がよかった。
まあ、とりあえず気にしないで練習しよう。吹奏楽だからそんなに近くまではこないだろうし。

そんな風に軽く考えていた僕を呪いたい。追っかけの考えと積極性は僕の考えその他諸々を遥かに越えていたのである。
明日の苦難を、僕らは微塵も想像していなかった。


前奏はAの区切りまで
(ようやく練習が始められそうだ、とりあえず)
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