06 7月末の出来事



佐藤から電話が掛かってきた。連絡網からなのだろう、お母さんがにやにやしながらわたしに渡してくれば 私もにやにやしてしまった。私の部屋でよかった。

「今、大丈夫?」
「お風呂あがって暇だった。」
「ぶっ…、」
「?」
「あ、いや。試合観に来てくれたのに、何もお礼言えなくてごめん。しかも僕負けちゃったから。」
「いや…!そんなっ、…。」

私は試合の事を思い出して、気持ちが暗くなる。しばらくの無言の後、佐藤がどうしたのと訪ねてくる。私はぐっと握り拳をつくって聞いてみる。

「佐藤は、明日、暇、で…すか?」

私の知らない佐藤が野球に絡んだそれならば、野球をする佐藤を間近で見れば何か分かると思った。
決死の覚悟

「午後からなら暇だよ。」
「よかったら!よかったら、私とバッティングセンターに行きませんか!」
「いいよ。っていうか、何で敬語なの?山田らしくない。」
「いや、なんか誘うのに勇気が…あ。」
「…あ…。」
「ご、ごめん。気にしないで!」
「いや、その、大丈夫。」
「明日1時に駅前で!それじゃ!」

私は電話を切る。誘えてしまった、私は座った足ですらもどかしくてバタバタさせてしまう。咄嗟にしまったと思う。佐藤とバッティングセンターに行くときに着てく服が全然思いつかない。普段、アクティブな遊びをしないからスカートばかり好んで買ってしまう。

急いでクローゼットを開ける。佐藤はどんな服が好きだろうか、それだけが気がかりでもう頭はパンク寸前だった。

「他の日にすればよかったー…。」

電話を掛け直す勇気も無い私に、次の日はすぐに来た。モスグリーンのホットパンツに白いグラフィックTシャツ、スカートなんかで行ったらやる気がないと思われると思い、至ラフとなってしまった。

「もう来てたんだ。」

10分前に現れた佐藤も、この前のファミレスと同じくらいでいかにもスポーツしにいきますといった感じだ。制服とは違った佐藤はやっぱり格別。

佐藤の勧めで、二つ駅を行ったところにできた新しいバッティングセンターに行くことになって、着いてみればバッティングセンターなのか疑う程に綺麗だった。バッティングの設備以外も整っていて、寂れたUFOキャッチャーの音をBGMに二人きりのバッティングセンターでジュースを飲むという昨夜のシチュエーションは途端に不可能となった。

「私は100kmかなー。」

そう言ってドアを開けながら言う。佐藤が後ろから帽子を先にかぶってと何度も言ってくるので、帽子を被り 先程からジャラジャラとポケットの中で言わせていた小銭を2枚投入口にいれる。

小さな頃、まだ離婚していなくて私が保育園に通っていた時だ。平日は両親が共働きで一人遊びが得意な私を、男の子が欲しかったお父さんは休日に近くと土手に連れて行ってキャッチボールや軽く打ったりして遊んでいた。

脇を閉める。ボールをよく見る。重心移動。お父さんが言っていた事を最初の一球は忘れていて、見事に振り遅れる。小学校1年生の時からもう8年近く経った、思い出そうにも顔が思い出せないのだからしょうがない。

佐藤の優しいかけ声。それだけで今は十分に打てる気がしてしまうのだ。

「未経験だよね?鋭いの打つじゃん。」

休憩中、150kmをばかすかホームランにしていた佐藤はそう言って私を誉める。

「お父さんに教えてもらったから。」
「野球好きなの?」
「知らない。」
「なにそれ。」

小さく肩を揺らしている佐藤。物心つく前に親が勧めてきたものに、なんでという疑問は浮かばなかった。それゆえにお父さんが野球の事が好きだったのかも、両者がいないと真実がみえない離婚の理由も私にはもうきっと一生分からない事なのだろう。不思議とそれは悲しくない。

「私、佐藤が野球をする事は知ってた。」
「?」
「だけど佐藤が野球をするところを今まで見たこと無かった。」
「そうだね。」
「佐藤に野球が絡むと、私の知らない佐藤になるから今日知ってやろうとバッティングセンターに誘ったんだけど、佐藤涼しい顔で打つから全然知れなかった。」
「あはは、そりゃそうだよ。」

「どうして?」
「勝負じゃないからね。」

そして佐藤は続ける。

「野球が僕を変える訳じゃない。僕が意地っ張りで負けず嫌いだから、勝ち負けのある野球っていう機会で牙剥き出しになるだけだよ。」
「そっか…。」

「俺は海堂に行って、全国一の旗を掲げたい。」

強く言い切った佐藤は、私を見ていても違う誰かに言っている様であった。

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