12 実るが、逆も然り



別に意識をしていた訳ではないけれど、約束をしていた佐藤に勉強を教わる事はもう時期的にも遅くなっていたし、私自身 応用のほとんどを一回で解ける様になっていた。後付けだが、佐藤に教わるシチュエーションが今は少し敬遠出来た事をホッとしている。よく理由も分からないけど。

「明日、試験だと思うとお腹が…。」
「一緒に行ってあげようか?」
「痛む私みて、笑いたいだけでしょ。」
「あはは。」
「うー。」
「でも、きっと大丈夫だよ。」

佐藤は安定感のある声音で、そう言った。


2月。佐藤の大丈夫は現実となって、私は海堂に合格した。お母さんと一緒に喜んで、親戚中に連絡をした。私は大丈夫と言ってくれた佐藤に合格を伝えたかったんだけど、今日は不幸にも休日だ。つまり、私が佐藤に今日あうならば家まで行く選択しかない。

「佐藤、受かったかな…。」

ベッドに寝転がりながら考える。同じテスト内容だったんだろうから、きっと点数は私よりも取れているはずで 受かったんだろうけど、佐藤の口から聞きたい。

ベッドから降りて、鞄からスケジュール帳を出す。合格発表と書いてある今日の日付の部分に赤ペンでPASSと書いた。2月のページをひとしきり眺めて、捲ると一番初めに書かれていた予定は卒業式だ。あと三週間もない事を嫌でも知らされる。

昨日まで受験で紛らわせていたけれど、私は佐藤と席が隣りだっただけで何ら特別な事はあまり起こっていない気がしていた。頭からぶつかって好きになってからとその前、密度は変わってない。2人で本屋に行った事だけは除けるが。

「…行くか。」

それは隣りの席なだけの私の一大決心といえよう。お気に入りの洋服に腕を通して、お母さんに適当な理由を付けて家を出る。空は少し雲が多く、そして空気は冷たい。自転車を全速力で佐藤の家がやっている弁当屋への道を間違えないよう漕ぐ。

着く頃には少し手がかじかんでいた。店のカウンターに(きっと)佐藤の祖父母がいて、裏にある家のチャイムを押すか、ダイレクトにカウンターにいる祖父母に聞くか少し悩んだ。

「とりあえず、お客になりすまそう。」

訳の分からない結論に至ったが、敵を知るには…といったところ。自転車を停めて、鞄にお財布がある事を確認する。準備は整ったいざと店の中に入ると、気のいい声が出迎えてくれた。これぞアットホームな雰囲気に私は変に気を張ってしまう。

「あら、初めてきてくれた?」
「はい、あのお弁当を買いに…。」
「ありがとうね。」
「いえ!あの…あと!それから!」
「?」
「佐藤に海堂合格した事を!…違、あの、…!ああっ…。」
「トシちゃんに?」
「トシちゃんにです!…?」
「ふふ」
「あっ!トシちゃんなんていつもは言わないんです!つられちゃって…。」

もう、てんてこまいだ。

「トシちゃんなら、公園に行ったわよ。」
「連れてきます!!」

とりあえず、恥ずかしくて早く出たかった。連れてこなくてもいいのよーという声と自転車を置き去りにして、すぐ近くの公園に向かった。

公園の入口から見渡すように見る。

「あ、れ…?」

佐藤はいたが、その近くに綾音ちゃんもいた。目を細めれば、二人の姿はくっきりと見えて 速度を落としていた足も止まる。さっきまでの興奮も一気に冷めて、呆然と立ち尽くすがよく似合う状態になる。

公園の入口から無意識に私はしばらく奥にいる二人を見ていた様で、はっとした時は二人がこちらに向かってくる時だった。まだこちらに向かいながらも会話しているみたいで、私に気付いていない事をいい事に来た道とは逆の方に走った。

息が切れはじめて、走る事をやめた。依然と空は霧がかかった様に曇っていて、もやもやしている。理解しきれない頭にはネガティブシンキングが離れなかった。

何処からか自転車のベルの音が聞こえて思い出す。

「自転車…!」

店の前に停めているんだったと、少し悩んだが取りに行く事にした。私の頭は今ごろ佐藤と綾音ちゃんは新婚旅行のドバイの計画をカッフェで話し合ってるであろうと演算で出ているので、気まずい事にはならない。そう言い聞かせて重い足を返した。

ゆっくりと歩いて、着く頃には4時を少し過ぎていた。家を出てから1時間位しか経っていないのに、疲れている。自転車が少し遠くに見える。店の前をスッと通りサッと脇の自転車に乗る。イメージトレーニングをこなして、さっさと終わらせてしまおうと小走りになる。

段々 近くなってきた店、私は足を速めて前を通り過ぎようとする。と、

「山田!」
「あら、お帰りなさい。」

大好きな佐藤の声と何も知らないであろうただ優しい佐藤のおばあちゃんの声は、何も悪くないけれどそれこそが悪事だと思った。

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