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 コーヒーを2つ貰い店の扉を開けた想に若林が気付き、豪快に抱き締めた。

『ぐあ』
「久しぶりだな!働き始めたって聞いて急いで仕事切り上げたんだ」

 想は塞がった手を庇いながら肘と肩で若林の腕から抜け出して紙製のカップを押し付ける。

「お、コーヒー?んじゃあお祝いに」

 コーヒーの代わりに有名な百貨店の小さい紙袋を想に渡した。
 受け取った想が袋越しでも分かるその存在に驚いた顔で若林を見つめる。
 悪い笑顔で若林がその視線に答え、優しく背中へ手を回して車へ促した。

「新堂が突然アメリカに行くことになったっつってよ。あとで柴谷さんのボクが連絡よこすって。日帰りとは言え移動に時間もかかるし、今日は俺ん所に来いよ。久々に想と飯がくいてぇな」
『あめりか』

 葬式で行く予定だが、もしかして早まったのかもしれないと想は考えた。突然過ぎていまいち新堂が居ないことを実感出来ない。
 車に乗ると若林はエンジンを噴かした。助手席の想が紙袋を覗く。やはり中身は銃だ。45口径か、想が以前北川に持たされた物より大きい。撃たれれば死ぬ確率が高い。弾も十分あるようだ。
 想が顔を上げて若林に困惑の顔を向ける。機嫌のよさそうな彼はマスタングを走らせながらチラリと横目で想を見た。

「お前なら職質されたりしねぇだろ。いざってときは撃てよ。腕前は俺よりいいだろ?」
『でも』

 慌てて話そうとするものの、言いたいことも言えず想は口を噤む。立花全の仕事をさせられたことは岡崎組の組長である若林も知っているに違いない。それで『コレ』か。

「俺だってお前が大事なんだ。家族だからな……岡崎継いだせいで少しバタバタしちまってるが、守れるもんなら守ってやりてぇの」

 どこか真剣に話す若林の言葉に、しぶしぶ頷いて銃の入った紙袋を見つめる。
 やたらと多用は出来ないが、確かにあれば有効に使う自信はある。想は膝上で器用にマガジンを確認し銃を直ぐに撃てる状態に組む。
 慣れた手つきを横目に、若林は微笑んだ。教えた事はちゃんとこなせる器用で可愛い甥っ子。頭を撫でたい衝動に駆られるが、怒られそうでやめた。
 想は組み上がった大型の拳銃を腰に挟んでみたが、大きくて存在感がありすぎる。想がもぞもぞしていると、若林が大笑いした。

「そんな細腰で尻も小せぇからだ!もっと鍛えねえと、殺る前に殺られちまうぞ」

 大瀧との件もあり反論も出来ず、想はムスッとしたまま街並みを眺める。高いビルを見つけると、新堂の会社を思い出して本人のことも思い出した。いきなりアメリカなんて遠すぎる。想は遠くにいると分かると、途端に寂しく感じてネクタイを指先で弄った。
 日帰りと言うことだが、移動時間も含めれば長い。突然行くことになったのが分かる。
 声が出るのなら直ぐに電話して、一言『気をつけて』と言えるのに。それだけではない、普段から『ありがとう』も『愛してる』も伝えたいのに。ネクタイに触れていた指は無意識に自身の喉に移動し、想は溜め息を零した。
 いつになったら声が戻るのだろうか。
 そんな思考に入り込んでいた想の頭を若林がそっと撫でる。親が、子供にしてやるような手付きに想は若林に小さく微笑んで見せた。

「新堂は優しいか?想は本当に好きだよな、あいつが」
『そうだね』
「幸せそうでなによりだ……」

 それからレストランに着くまで若林の近況を聞きながら、想は何度も笑った。









 老舗レストランで食事を楽しんだ後、若林の自宅へ向かう最中、着信を知らせる携帯電話を見た。

『あ』

 凌雅からのメールが届き、想が目を通す。新堂は明日の夜に帰国予定のようだ。例の葬儀予定の人間に呼ばれ、相続問題について相談したいとのことだった。相手は想でも知っている、ミッシェル・リリック。女性では数少ない長者番付上位者だ。もう八十過ぎで、会社の職は辞しているが、実質彼女は会社の所有者だろう。古くは造船会社で今も豪華客船を主に、今ではリゾート、カジノ、ホテル、どれも一流のものを所有していると聞く。葬儀に呼ばれているのだとすれば、新堂はミッシェル・リリックと一体どの程度知り合いなのか疑問だ。

「新堂は直ぐ帰るって?忙しいヤツだよな」

 どこか呆れ気味に不満を垂らす若林に苦笑いしつつも同感だと思った。想は凌雅にお礼のメールを返して、仕事の件についても一言添えた。

「着いた。寂しい我が家」

 その言葉に想は励ましの意を込めて若林の背中を叩いた。
 若林は人一倍家庭に固執している。暴虐な父親に反感が強く、仲の良い姉であり想の母は事件に巻き込まれて亡くなり、味方の母親は姉の死で自殺。そんな若林は愛し愛され、強い絆を求めるようになっていた。結婚願望が強く、すでに一軒家を所有している。しかし、始めから『結婚』の意志を押し出す若林に、女性たちは引いてしまうのだ。加えて若林はヤクザ。更に組長。

『いいおとこなのに』

 想の呟きは若林の背中に消えた。
 リビングのテーブルは書類とノートパソコンで散らかっていたが、他は意外と片付いており想は関心する。
 それに気づいた若林が想の後頭部を軽く叩いた。

「独身ナめんなよ」

 想に未開封のルームウェアを渡した若林がテーブルのパソコンをいじり始める。想がシャワーを借りてサッパリした後も彼は仕事をしていた。
 想は若林の背後から抱き付いた。目を閉じると、春の姿が浮かぶ。春はいつも若林に飛び付いて甘えていた。この逞しい背中は確かに恐ろしく安心感がある。

「ははっ!想から来るなんてめっずらしぃこともあるもんだな。ベッド使えよ。俺ぁ仕事。明日職場に送ってやるから、たっぷり休んどけよ。おやすみ」

 想の乾かしたばかりの髪を乱暴に撫で回した後、ひらひらと手を振る若林に挨拶を返してリビングのソファに寝転んだ。 

「そんなとこでいいのか?」
『いっしょ』

 同じ空間に居たい、と示すと若林が微笑んで頷いた。






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