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「柴谷さんの友達って聞いたから、てっきりヤクザかホストか、そんな感じの子かと思ってた。ごめんね。でも、想くんはいい子みたい。けど、その手……痣になってる。ケンカだろ。あんまり揉め事はヤダよ。……よし、明日からお願いできる?朝8時半から掃除、昼間は接客、終わりはお菓子がなくなり次第だから早い日もあると思うけど、基本は6時までで。昼食出すし、休みも気軽に言って。質問は?」

 一方的にテキパキと想を見据えて話し終えた三咲が想に訊ねた。三咲は想と変わらないくらいに見え、美人な分、無表情だと見た目も言い方も冷たい感じがする。
 しかも凌雅がヤクザ絡みの人間だと知っているような口振りだ。凌雅が自ら語るとは思えなかった。それでも、明日から…と言うことは就職できたのだろうか。
 想は採用に心を弾ませたが、三咲の言葉が引っかかり、質問を促されたのをチャンスとしてボードに書く。

 “接客、出来ますか”

 声の無い想のもっともな質問に、三咲はニコリとして答えた。

「やれなら来なくていいからね」

 突き放すような言い方に、想は困った様にコーヒーへ視線をかえた。

『よろしくおねがいします』

 椅子から立ち、頭を下げた。
 三咲も立ち上がって想の頭を上げさせる。
 想より小柄な三咲が少し見上げながら笑った。

「よろしく。あ、コーヒー残さず飲んでね」
『もちろん』

 想はマグカップを持ちコーヒーの香りをそっと嗅ぎながら考える。
 三咲はなかなか厳しそうな人だな、と思う反面、自分のような人間を雇ってくれる寛大な人だと想は位置付けた。
 三咲がカウンターへ戻り名刺を取ってくる僅かの間、想はカップを持つ右手の甲を隠すように左手で覆う。三咲は観察力かある。人を殴ったことを見透かされ、想は少し落ち込んだ。自分を「いいこ」だとどこで判断されたのかは定かではないが、暴力は社会的にもよくない。後悔しても遅いが、三咲に想自身の本質が見抜かれそうで怖くなっていた。仕事と割り切って人を殺せる人間だと。つい先程殺した男を殴った感覚が蘇る。女の子はどうなったか分からないが、ただで解放されたとは思えない。想は溜め息を飲み込んで名刺を見つめた。渡された名刺には三咲の携帯番号が書かれ、想はまた一つ大切な繋がりが増えた事に名刺を持つ手の指先が冷えるのを感じていた。









「社長、お疲れさまです!」
「若いな……廊下で酒盛りか?」
『れん』

 部屋に入ることは許されていないふたりのために、想は廊下に椅子を持ち出していた。プチ就職祝いをしていた想、島津、蔵元が立ち上がる。頭を下げた島津と蔵元に対し、想は飛びつく勢いで動いたが、足をもたつかせて倒れそうになる。新堂が支えるが、酔っている想は転けたとも思っていないようすだった。

「飲んだのか」

 少し驚いて新堂が想の耳元に顔を寄せる。酒に慣れていない想からほんのり漂うアルコールの香りと温かな体温に小さなため息を零した。

「有沢くん成人すよね……まずかったですか?結構ノリノリに飲んじゃって……」

 新堂の様子に蔵元が口を開く。島津は黙って缶ビールの缶をくるくると手の中で回した。新堂は想を部屋へ入れ、玄関先に座らせる。機嫌の良さそうな顔のまま廊下にの転ぶ姿にあきれ気味に笑って外のふたりへ視線を移した。

「祝ってやってくれてありがとう。あれから問題はなかったか?」
「はい。防犯カメラと園田のアニキ達が調べたところ青樹組舎弟頭の大瀧が来ました。有沢くんに仕事をさせたようです。ついこの間、鬼島組が傘下のくせに青樹組の外商に横槍した件で……」
「ああ、詳しい話は知ってる。石田と想は大丈夫か」
「石田さんは頭部打撲で病院へ行きました。軽傷で元気です。有沢くんは思ったより普通で……石田さんの事をめちゃくちゃ心配してました。でも面接に受かって……今、お祝いしてたっす」
「そうか。報告通りだな」

 新堂は蔵元の所見に頷いて一万円札を渡した。最近は揃って島津のバイクで来ていることを知っている新堂が、バイクを置いてタクシーで帰れと伝える。蔵元が空き缶を袋に放り込んでいると、島津が躊躇いがちに新堂に声をかけた。スウェット地のライダースのポケットに入れていた手を出して新堂に差し出す。

「……大瀧の銃か。こんなもの残していくなんて報復を待ってるマゾ野郎か」

 空薬莢を受け取り、無感情に言葉が呟かれた。新堂は島津の肩に手を置いて労りの言葉を掛ける。想は脅されても抵抗を知らない。どんな脅迫を受けたかは分からないが、島津の言わんとすることがなんとなく分かった新堂は二人を帰した。椅子は廊下に出したまま部屋に入ると玄関に想の姿はない。

「またクローゼットか」

 微かに笑いながら靴を脱ぎ、ネクタイを緩めながらリビングへ入った。ソファへコートと上着を投げ捨て寝室へ入る。新堂はクローゼットへ行く前に想の姿を見つけた。
 ダブルベッドに大の字で寝ている想を見て点けっぱなしのライトを消した。新堂がベッドに腰掛けベッドサイドのランプを小さく点けて想の髪を撫でる。
 想が寝返りを打ち、新堂の手に顔を寄せた。上物のマットレスとベッドは上で跳ねても殆ど音はしないため、声もない想が動いても静かだった。

「明日から仕事だな。頑張れよ」

 新堂は想の頬を指先で撫でて優しく言葉を掛けた。眠たそうな瞳が新堂を見つめる。

「……祝の酒は美味かっただろ。だが、やけ酒は癖になるから止めろ」

 じわじわと歪む視界に、想が目を閉じた。
 頬を伝う涙を新堂が舐める。想は新堂が抱き締めてくれると分かって、彼へ腕を伸ばす。痛いくらいの新堂の抱擁に、想は静かに溢れ出る涙を解放した。

「俺の名前を出せ。妙な奴が想を利用しようとしたら力ずくで逃げろ。全部俺が消してやる」

 『大瀧は殺す』と、穏やかではない感情の籠もった新堂の声に想の身体が僅かに震える。そんな自信など無い想は、新堂の自信を支えに頷いた。守りたいものを守るには今はまだ弱すぎる。

『れん』

 望んでいなかった立花全と接触してしまった。逃げられず相手の思うように働いた。大切に思う人の事を考えると怖くて逆らえなかった。
 想は自分の弱さを後悔する。あの時、石田か居たのだから逃げるより大瀧と戦えば良かった。極端な話、知らない男を殺すのなら、石田と自分を守って大瀧を殺せばよかったのだ。想には新堂がいる。一番信頼出来る男の力は確かなものだ。
 それで殺されても、後悔しない。何も感じないだろう。でも、きっと若林は泣くし、新堂は……悲しんでくれるだろうか。想は少し考えて、不安そうな眼差しを向けた。

「……もっと俺に迷惑かけてみろ」

 至極優しい声音と共に二人の唇が触れる。僅かに触れるだけで離れたが、想は新堂の襟を引き寄せて唇を求めた。
 早く声が戻ればいいのに。伝えきれない思いが許容を超えそうだ。想は様々な感情を吐き出せず、無我夢中で新堂を求めた。

『ころしたい』

 キスの合間に想は息を荒げて新堂を見つめた。
 確かな意志のある眼差しに、新堂は想の唇を指先で撫でる。大瀧にそれ程嫌な脅迫を受けたのかと思うと、新堂も腹の奥深くが焼けるような殺意を覚えた。
 たが、想の唇が続いて形作った名前は大物。

『たちばなぜん』
「……ああ」

 否定するでもなく責めるでもなく、唇が塞がれた想は驚いた。新堂があまり立花全をよく思っていないことは分かっていたが、仮にも組織のトップである立花全を『殺したい』と言ったのに。
 想は酔っぱらっていると思われているかと思ったが、ベッドに押し倒されて耳元に不気味なくらい優しく言われる。

「どうやって殺してやろうか」

 想が反応に困って固まっていると、新堂が想のシャツに手を入れ、素肌に触れた。







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