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「名前は聞いていたが、オヤジの孫だったんだな。似てねえわ」

 ひと気のない古いビルの階段を登りながら大瀧の声をBGMのように聞き、ガラスはなく窓枠しかない其処から見える外の風景を視界の端に入れながらただ歩いていた。周りにも人気はないし、建物も少ない。
 今、何時だろうかと考えてみた想の腹が鳴る。身体を動かしてから朝食にしようなんて間違っていたと後悔していた。
 おいしそうな新堂の朝食。
 大瀧の歩みが止まり、錆び始めている鉄製の扉をノックすると、内側から開いて派手な金髪の男が顔を出す。身なりはホスト風だが、年齢は四十手前くらいに見えた。
 想が内心変だと思っていると、あちらも想を訝しげに上から下まで見た後、大瀧に深く頭を下げた。

「お疲れさまっす!」
「あぁ、まだ生きてるか?」
「えぇ、かろうじて……吐きませんけどね」

 大瀧と金髪の間から見えたのは中年だが精悍な顔立ちの男だった。椅子に縛られ、血濡れている。一定しか口が閉じないように開口具が着けられていることから、自害の可能性が分かる。
 ここまで痛ぶられて白状しない男が、本当に情報を持っているのか不思議だ。そんな気持ちを消し飛ばす光景が、部屋の奥にあった。
 想は思わず俯く。
 男の正面2メートル程の所に中学生か高校生あたりの女の子が椅子に縛られ泣いていた。殴られたのか、頬が腫れている。めそめそと聞こえる嗚咽に、想は金髪を嫌悪たっぷりの眼差しで見た。

「お前が有沢ね。噂は聞いてたけど、この男は無理かもねぇ。一通りやったし、娘を痛ぶっても吐かねぇし。処女だったのは可哀想だけどな。あとやることなんてねぇわ。ね、アニキ」
「手並み拝見だ」

 どんっと強く背中を押されて部屋に踏み込むと、若く威嚇的ではない想の見た目に安心した女の子は必死に助けを求め始めた。

「たすけて!お願い!!たすけて!」

 ちらりと娘を一瞥して、唇に指を当てる仕草を見せる。
 『静かに』と伝えようとするが、女の子は助けを求め続けている。想が女の子の足元にしゃがみ、そっと彼女の唇に指を当ててから落ち着かせるように肩を撫でた。
 想を助けだと思い込んでいる女の子は、しゃくりあげながらも声を抑えて頷いた。
 健気な姿に想は胸が痛んだ。助けることは出来ないと分かっているのに、安心させようとしている自分の愚かさに吐き気がする。唇が震えて、怒りが込み上げる。自分にだ。
 無理矢理犯されたのかスカートは破け、生々しい跡が残っていた。それでも懸命に助けを求める女の子か哀れだった。男は想を睨みつけたまま、静かに呼吸を繰り返している。

「最低な父親のせいで……可哀想な子だろう?早く口を割ってくれればなぁ……なぁ有沢、どうする?」

 大瀧の言葉に想が立ち上がり、羽織っていたパーカーを大瀧に投げ渡す。
 それから、大瀧の携帯電話を借りて『仕事がうまく出来たら娘は解放しろ』と伝え、返事を待たずに革手袋をはめ、落ちていたナイフを拾った。

「ぉお"ーーー!!!」

 父親の男が暴れだす。
 ちらりとそれを見た想が首を傾げてみせる。喋る気になった?と視線を強めたが、男は押し黙った。
 女の子がそれを見て涙を溢れさせる。

「ぱぱぁ……助けてぇ……っ」

 想が小さくため息を吐いて女の子の後ろに回った。縛られた手に優しく触れる。

『いたいよ』

 同情している暇はない。想にも譲れないものがある。それが他人を踏みつけて守るものであっても、他に選択肢はない。
 想が女の子の小指の爪をゆっくりと剥ぐと、男の呻きと女の子の悲鳴が室内に響いた。









「おつかれさん」

 大瀧が笑顔で想を車から降ろした。
 想は顔も見ず車から降りてドアを閉めた。まっすぐにマンションに入っていく。
 想が車から離れると、金髪が大瀧をバックミラーで見て顔をしかめた。

「……アイツ異常っす。ちょっと吐きました。だって、指から皮膚を……切るなら分かりますけど」
「そうか?俺は気に入ったなぁ。オヤジに啖呵切ったみてぇだし益々興味あるね。結果も出したし、ガキだからってバカにしていらんねぇわ。新堂もいいモノ手懐けたもんだな」

 想がマンションへ消えるのを眺めながら大瀧は唇を舐めた。
 結局、男は情報を持っていなかった。早い段階でそれを察した想は、ペンで自分の手に書いた。
『情報につながるもの』と。
 とにかく、早く娘を解放してあげたい一心で男を見つめた。娘を指さして、状況を強く伝える。想が娘の小指の骨を男へ見せた時、ついに男は白状した。
 何人かの名前を聞き出した大瀧は満足げにに頷き、想はそっと男の頭にビニール袋を被せた。
 苦しむ男のうめき声と泣きじゃくる娘の声が想の脳内から離れない。

『っくそ!!!』

 想の叫びは音にならず、空気に溶けるように消えた。









 想がマンションに入ってまず向かったのはジムだった。トレーナーの若者が気になっていた。足早にジムに入ると島津と蔵元が携帯電話を片手に介抱していた。
 若者は座ったままだが元気そうに蔵元と会話している。ほっとして立ち尽くしている想に気がついた島津が物凄い速さで寄った。両肩を掴んで想を揺さぶる。

「おい!有沢お前どこ行ってた!お前のスマホは落ちてるし、石田さんは倒れてる上に……て、怪我してんのか!」

 パーカーを掴んでシャツを見た島津が目を剥く。
 確かに所々に小さく点々と返り血はあるが、想のものではない。想が首と手を振って大丈夫だと示す。自分の唇に指当て、騒がないで欲しいと島津の胸に手のひらを当てた。
 島津は納得行かない様子だったが、黙った。蔵元と石田という若者も心配そうに二人を見ている。

「なにがあった?今日は面接っつってたろ?部屋に靴はねぇし、ジムにきてみればこんな状況だし、有沢は血が……」

 想はなんと説明すればいいか分からず、困ったように眉を下げるが、身体は平気だと仕草をして見せた。

「社長は取引があって連絡が着かねぇ場所だ。けど、凌雅さんには連絡入れたからすぐに連絡くるはずだ。社長は知ってのか?」
『しらない』

 首を横に振ると、島津の眉がピクリと上がる。視線が強まり想は唇を結んび不安の色を強めた瞳で島津を見つめた。

「……取り敢えず着替えろよ。社長には面接に付き合えって言われてんだ。まだ間に合うし」
『わかった』

 二回頷いて、蔵元と石田に頭を下げた。部屋へ行こうとジムを出ようとした想に、島津が優しく声を掛けた。

「おい、社長に話せよ」

 振り返った想は大きく頷いて部屋へ急いだ。エレベーターで新堂にメッセージを送る。凌雅も心配させていると思うと、気が重かった。

 “立花全と会ったけど、無事だから心配しないでいいよ。事後報告になってしまってごめんなさい”

『ごめん』

 画面に向かって想が呟く。携帯電話を持つ手が震えた。今更やってきた感情の波に想はエレベーターの壁に背中を預けて目を閉じた。数秒後、部屋の階への到着を告げる音が小さく響いて、想は目を開けた。








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