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『あーん』
「ああ、俺もこれが好きだ」

 ベッドで甘いひと時を過ごした二人は昼間に想が凌雅に買ってもらったケーキをベッドで食べることにした。トレーに乗せたケーキを食べ比べながらコーヒーで乾杯。

『からだに わるい』

 フォークを片手に本を捲って見様見真似のサインを作る。新堂が本とサインを見比べて微笑む。

「毎日大量に摂取しなければ普通の体質の人間ならば平気だろ。ジュースがいい例だ」

 ふーん、と頷いた想がコーヒーに口を付けた。バニラの香りがするコーヒーに自然と顔が緩む。
 食べることか好きな想は幸せな時間の一つだった。
 想が自分の口と新堂の口と、交互にケーキを運ぶ。新堂はノートパソコンで作業しながら、運ばれるケーキに素直に口を開けた。

「想はパスポート持ってるか」

 首を横に振った。もともと父親は外資に手を出していて、取引にも海外へ出向いていたため、物心つく頃から観光がてらの海外旅行はよくしていた。それもあって想は英語とイタリア語が話せ、中国語も僅かならば使えた。
 最後に海外へ行ったのは15歳くらいだったと想は思い出す。期限は切れている筈だ。
 岡崎組前組長の北川に連れられて二度ほど海外へ行ったが、どういうルートか船の上だった為、想は知る由がなかった。

「申請しておく。近々、葬式でアメリカに行くことになりそうだから」
『かぞく』
「いや、お世話した人でお世話になってる人」

 パソコンに視線を残したまま小さな溜め息をする新堂に想が後ろから抱き付く。仕事を手伝えたらいいが、想は新堂の仕事をよく知らない。新堂もあまり深く話さないためお互い触れない様になっていた。

「こっちで待ってるか?たまには息抜きに遠出もいいかと思ったが」
『いくいく』

 パソコンを閉じた新堂の首筋に顔を埋めて甘えるように額を擦り付けた。
 見た目からは不釣り合いな背中一杯の刺青をそっと撫でて想が目を閉じる。
 わざわざ海外まで葬儀へ行くということは新堂と深い繋がりのある人だと分かる。涙したりするのかな……と想が思案しながら新堂の項にキスをして首もとに顔を埋める。こんな風に人の肌に触れたくて、全部独占したいという気持ちになるなんて想は初めてだったが、心地良いと感じる。
 他人ではなく、この人。
 本当は仕事の事も知りたいし根掘り葉掘り知りたいことが山ほどあった。あまり話したがらない新堂だから、想は『先』の新堂の事はたくさん知りたいと思った。
 二人で出掛ける事もなかったため、想は不謹慎にも少しわくわくしてしまい、鎮めるために深く息を吐いた。

「緊張?葬式なんて忘れて思いっ切り贅沢していい」

 振り向いた新堂が想へ優しく唇を重ねた。









 香ばしい醤油の香りに想の目がうっすらと開き、お腹が空腹を訴えて鳴った。
 シャワーをしたあと、夕食は食べずに寝てしまったことを思い出して更に空腹感が増す。朝の寝起きが苦手な想が緩慢な動きでベッドから出た。時計は六時を少し過ぎている。

「おはよう」
『おはよ』

 下着一枚だった想は、新堂によりキレイに畳まれたグレーのスウェットのパンツを履く。キッチンを覗くと、フライパンでおにぎりが焼かれていた。

『うまそう』
「まだ寝てればよかっただろ」

 新堂が皿に盛り付けながら笑うと、答えるように想の腹が鳴る。

「空腹でお目覚めか。夜は髪も乾かさずに寝ちまったからな。鏡見てこい」
『はーい』

 軽く手を挙げてバスルームへ向かう。洗面台にある鏡には酷い寝癖頭の自分が眠そうに立っていて、想は寝癖直しを適当に吹き付けてドライヤーで髪を直す。
 顔を洗っても欠伸が出た。
 朝が苦手な想だが、早起きの新堂は自分より遅くまで起きているのだから不思議だと思っていた。眠たいが、面接は昼前と言っていた。きちんとした身なりで行かなければ、と七三分けにしてみたり、押さえつけてみたりと錯誤する。

『きも』

 予想以上に受け入れ難い現物に、ワックスでいつものように軽く持ち上げる。ふと、洗面台に付いていた右手にほんのり温かいような違和感を感じてそちらを見たが、なにもない。
 夢でも右手に感じる温もりがある。思い出の春のようであり、現実の新堂かもしれない。想はほわっとした気持ちでリビングへ戻った。

『はるかな』

 今は亡き双子の姉に、『想なら出来るよ!』と言われた気がして、顔が緩む。
 想は眠気に勝つために伸びをした。リビングに入ると新堂がコートを羽織り新聞をソファへ放っている。

「想、俺はそろそろ行くから。出るとき迎えが必要か?」
『だいじょうぶ』
「ひとりが不安だったら島津か蔵元を誘えよ。あいつら退屈してるから喜んで着いてくるはずだ」

 一度大きめに頷いて想は手を振る。玄関で触れるキスをした新堂が外にでると、中野が丁度やってきた所だった。

「あら、今日は早いですね。おはようございます」
「おはよう」
『おはよ』
「うん、おはよ、有沢君」

 ひらひらと笑顔で手を振る中野に、想も同じ様に返す。

「今日はチンピラくんたちが居ないんですね」
「落ち着いたし、そんなに必要ないと思って。昼間の間だけ雑務を頼んでる」
「そっちの事情は知りたくないですけど、落ち着いたのなら何よりです。またね、有沢くん。上、着てないけど外までお見送りに来る?」

 はっとして想が否定するように手を振る。

『ごめんなさい』
「謝ることないわ。でも風邪引かないようにね」

 微笑むと言うよりはしっかりした笑顔で言われて、想は何度も頷き、新堂に手を小さく振る。
 口元に笑みを浮かべた新堂も軽く手を見せてから中野と共にエレベーターへ向かった。









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