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「はい。コーヒー2つとケーキ4つで2100円です。柴谷さんの奢りですよね」
「え?あ、もちろん!」

 ふたりのやり取りに微笑みながらケーキの箱を受け取った想が気を利かせて先に店を出た。ドアの横で待っていると、不意に人影を感じて少し顔を上げる。

「有沢想じゃん!うわ…久しぶりー!いきなり学校からいなくなっちゃって、みんな死んじゃったって噂してたのに。変わってねーな」 

 どことなく記憶にあるよなないような長身で細身の男に、想が適当に笑って見せ、興味ないと表すように携帯電話を触る。
 それに気を害したのか、男が想に近づいてきた。180センチあるかないかの想より背の高い男が上から目線で声をかけ続ける。

「忘れちゃった?隣のクラスだったじゃん!今、モデルしてんだ。有沢は?スーツってことは会社員?頭良くて容姿良くて運動出来てたお前がリーマンねぇ。意外と地味なとこに落ち着いたんだ。名刺は?ねぇの?」

 ペラペラと話し続ける男は、よく思い出せば確かに記憶にあった気もしなくは無い。他のクラスの人間なんて、仲が良くなければ覚えていない……と、想は名前が出て来ないことを気まずく思いながら、早くどこかに行ってくれと言わんばかりに手を振って店内に戻ろうと決めた。

「ちょ、ちょ、待ちなよ!何も言わねーの?挨拶の一つもなしなんて、舐めてんな。俺のが成功しててムカついた?有沢の事みんなに報告しよっかな。写真撮らねー?」
「ちょっと、俺の友達にからまないでよ。三咲さんの店先だし止めてもらえます?」

 ドア越しに想が困っている様子を見た凌雅が慌てて出てきた。
 想は話せないことに苛立ちを感じたが何も言えず、隠れるように凌雅の後ろに逃げた。普段なら皮肉のひとつふたつ付けてやるのに、言いたいことも言いえない。理解しようとしてくれる相手でなければ伝わらない悔しさに胸の奥がチクりとした。

「マジで?有沢、柴谷凌雅の友達なの?すげーっ!」

 想に対する態度とは変わって、ペコペコする姿。
 凌雅は適当に男を丸め込んで、終始頭を低くしながら去っていく男を見て小さく溜め息を吐いた。

「なにアレ。知り合い?」

 想が少し躊躇って首を横に振った。名前も知らない。切り替えるように努めて明るく凌雅を見た。

『ゆうめい』
「あー、違うよ。俺顔が利くの。特にあーゆー成り上がりたい人間とかには好かれるかもね」

 なとなく汲み取り、想が納得するように頷いた。表情こそ暗くないものの、少し俯き気味の想に凌雅はコーヒーを明るい表情で渡す。テイクアウトにしていたようだ。

「さてさてー、社長が帰る前に送らないとねー。嫉妬されたら怖いし!三咲さんが有沢君はいつでもおいでって。…有沢君『は』ってひどくね?」

 はーっとわざとらしく大きな溜め息をする凌雅に、想は強張った笑顔しか返すことが出来なかった。









「ただいま」

 想が帰宅したのは十五時前だったが、新堂が帰ったのは十八時を少しすぎた頃だった。
 部屋に入ったが足音も聞こえないことから、新堂はよく想がうたた寝をしているソファに行った。しかしそこには姿がない。
 新堂はコートと上着を脱いでベストのボタンを外しながらクローゼットに向かった。静かに少しだけ開くと、想が丸くなって毛布にくるまっている。澄ました顔で寝ている想は、死んでいるような静さだった。
 そっとクローゼットを大きく開いて新堂が想の頬に触れた。瞬間、薄く開く目に、新堂が謝る。

「悪い、起こしたな。ここに入るのはもう止めろよ。二人じゃ狭いし」
『れん』

 這い出て新堂に抱きついた想は『おかえりなさい』と口にしたが音にはならず、代わりにぎゅっと腕に力を込めた。

「ただいま。今日は疲れただろ」 

 首を横に振る想の背中を抱き締めて、新堂は真剣に一つ言った。

「……迷ったが、言っておく。立花全は信用するな」
『わかってる』

 躊躇なく大きく頷く想に一瞬驚いた新堂だが、さらにキツく抱き締める。それに応えるように想も抱き締め返し、ゆっくり離れて視線を合わせると想も真剣に言った。

『ずっと いっしょ いたい』

 想が新堂の胸に手のひらをそっと当て、もう片手を自分の胸に置く。
 頷いた新堂の唇が想に重なり、想は安心して目を閉じた。
 今日、初めて会った祖父、立花全は信じられない人間だと想でも感じていた。若林が遠慮し、新堂が牙を剥く時点で普通ではなかった。
 二人きりになって、確信した。いい祖父を装っていることはすぐに分かったが、若林や新堂との付き合いを否定され、一緒に暮らそうと誘われた。
 『漣と居たら悪人になっちまうぞ。アイツはいつか崩れる。想を道連れにはされたくねぇ』と、胡散臭い笑顔で言われた。だが、立花全の目はあった時から別れる時まで、笑っていなかった。
 想は一緒に暮らすことについてやんわりと断ったが、『また話そう』と言われていた。
 若林も新堂も知らぬ所で接触してくるに違いないと想はうんざりしていた事を思い出す。

「困ったらいつもみたいに何でも言えよ。すぐにだ」

 離れる唇を見つめていた想の視線が新堂のものと絡む。なんでも分かってしまっているようで、想はほんのり赤くなった。離れられるわけがない。想は依存していると分かっていて新堂の腕を益々離すことが出来ないと実感する。 

『あいしてる』

 自分から触れるだけのキスをして微かに微笑む。甘えるように彼の下唇を甘く噛むと、唇を奪われて深く、深く求めるような口付けが始まった。
 想は膝立ちで新堂に抱き着いていたが、彼の胡座の上に座り込み腰を押し付けるように身体を密着させ、新堂の首へ腕を回した。
 いやらしく舌の絡む水音と、互いの甘さの滲む息遣いが静かな部屋を支配する。
 新堂の手が想の腰を強く掴み、惜しむように唇が離れた。
 新堂が悪だとしても想自身、悪だと自覚している。それならとことん最期まで彼といたいと想は強く思って顔を新堂なら首元に埋めた。

「……そういえば……仕事の話があるんだ」

 目をつむり、キスの余韻に酔いながら新堂の腕の中で大人しくしていた想が勢い良く顔を上げる。先程までいやらしい色気を滲ませていた彼が爛々とした表情に変わり、新堂は声を立てて笑った。








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