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 若林たちと別れた後、行きよりも早くよく見慣れた街中に着いた。

「じゃあ、俺は仕事を片付けてくるから凌雅君に送ってもらえよ」

 新堂のオフィフ前に止まった車から彼が先に降りる。
 想はてっきり一緒に帰ると思っていたようで驚いた顔をして慌てて新堂のスーツを掴んだ。
 それを見て新堂が頭を撫でる。

「早めに帰るよ。酒の匂いさせてたらみんな怒りそうだしな」
『やくそく』
「早く帰る。約束だから」

 バタンと閉まるドア。窓越しに振り返る新堂が微笑み、想がつられて微笑む。遠のく背中を見ていたが、ゆっくりと車が走り出して想はオフィフビルを見上げた。

「はあーなんか二人が羨ましい。仲がよくてさ」

 凌雅の言葉に、想は運転席の方へ顔を出す。

「有沢君て、ゲイなの?」

 首を横に振る想に、凌雅が頷く。

「男は社長だけ?有沢君モテるだろ。女は?」
『ない』
「え?え?マジで?!」

 運転しながら想の答えに驚きを隠さない凌雅が、盛大に溜め息を吐いた。想がどこか清潔に見えるのは雰囲気だけではなく中身もなのか、と凌雅に感じさせた。
 想も小さく溜め息を吐く。実は清いお付き合いさえ一人しか経験がない。学生の頃は告白こそされたものの、春が『あの子はダメ!絶対ダメ!想は鈍感だから本性を分かってない!』と散々言われていた。お陰でと言うのは良くないが、タイミングを逃していた。
 これから出会いが増えるだろうと言うときに事件が起こり、それからは恋愛などとは無縁の日常。若林の監視や北川との約束で身体こそ売り物にしなかったが、想は女性未経験だった。物凄く格好悪いと思ったが、愛しい人がいる以上他の人間との恋愛やセックスは想には考えられない。
 そんな器用な真似は出来ないという方が正しかった。

『ないしょ』

 想が人差し指を唇に当てていると、凌雅は小さく笑って頷いてみせる。

「……じゃあ、俺にも希望あるよね。男同士でも」
『ケーキの』

 想が訊ねるように首を傾げてケーキを思い出す。新堂がよく持ってるケーキは凌雅が熱を上げている子が働く洋菓子店のものだ。まさか男性だったのかと想は内心驚いた。女性だと思い込んでいたのだ。

「そうそう!あ、行ってみる?すごくいい雰囲気の店だよ。コーヒーも美味いし」
『いくいく』

 想が笑顔で首を縦に振ると、凌雅も嬉しそうに笑った。後部座席から器用に助手席に移動してきてシートベルトを締める。

「うーん……社長に怒られるかな」
『へいき』

 携帯電話でメッセージを打つ姿を見た凌雅は、想が新堂に何もかも打ち明けていることに感心する。声が出ないなりに新堂を心配させまいとする想は好感が持てた。想は警戒心があり距離を図りたがるが懐けば本当に可愛く『弟がいたらこんな感じがいいな』と思いながら、凌雅はマンションとは逆にウィンカーを出した。









 料金制の駐車場に車を入れて、賑わう日中の街中を五分ほど歩き、路地に入って少し行くと和やかな裏通りに出た。
 久しぶりの人混みに、想は挫けそうになりながら凌雅の後を歩く。以前は苦でもなかったことが、想には苦痛だった。
 この人混みに紛れたら消えそうだと感じる。人がひとり消えてもきっと分からない。
 想は凌雅の背中だけを見てスーツの細いピンストライプの数を数えていた。もちろん数えられる筈がないが、想はなんとなく気が落ち着いた。
 凌雅が心配そうに振り返ったことに遅れて気がついた想が顔をあげると眉を下げた凌雅と視線が合う。

「有沢君、大丈夫?ごめん、外が嫌だったよな…あんまり普通だったから……」
『へいき』

 想がぎこちない笑顔で大丈夫だと手のひらを向ける。凌雅が隣に立って背中をそっと押しながら更に少し行くと、小さなカフェがあった。テラスでは女性客が二人、談笑しながらスイーツを口へ運んでいた。

「ここだよ。社長にまたお土産にしようかな。実は、俺……実は甘いの嫌いなんだ。生クリームとかアンコとか」

 お洒落な扉を開けながら、毎日お店に通う人間とは思えない発言に想が思わず凌雅にツッコミとして肩を叩く。誤魔化すように笑う凌雅に呆れていると、カウンターにいた若い男性が不機嫌そうに二人を見た。

「……また柴谷さんか……毎日なんなんですか」
「三咲さぁーん!お客様なんだから笑顔でお願いしますよー」

 物凄く嫌そうな顔をする三咲と呼ばれた男に、想が頭を下げる。三咲は想を数秒見てから凌雅に視線を移した。

「……しゃべれない友達って本当だったんですね。てっきり嘘っぱちかと思ってましたけど」

 辛辣な言葉に凌雅が苦笑いする。想は予想以上に三咲が凌雅に冷たいことに驚いた。ほぼ、日参しているはずなのにこの調子で大丈夫かと思わされる。

「君も言ってやってよ。食べないのに買うなって」

 不意に話を振られて慌てて顔を上げた想が三咲をよく見ると、綺麗な感じの顔で微笑まれる。三咲は分かっている様子で、凌雅が益々困った顔になる。
 想はガラスケースに近づいて、殆ど食べたことがある並んだケーキを2つ指差した。

『すき』

 身ぶりで伝えると、三咲がぽかんと想を見た。伝わらないか、と残念そうに想が視線を逸らすと三咲が2つのケーキをトレーに取って箱に詰めた。

「君が食べてたの?おいしかったでしょ。これ、力作だよ」

 凌雅は三咲が楽しそうに想に話し掛ける姿に口端が上がるのを必死で抑えた。
 想は何度も頷いて、箱を閉めようとする三咲を止めてあと2つケーキを追加してもらう。横にきてガラスケースを覗きながら凌雅が声をかけた。

「そんなに食うの、有沢君」
「食べないくせに買っていく人は黙っててください」
「……俺だってお客さんなのにー……」
「……それじゃあコーヒーでも飲みますか?」
「飲みまーす!あ、彼にも」

 分かってます。と微かに微笑んだ三咲がカウンターでコーヒーを作る姿を見つめる凌雅のスーツを想が引っ張る。想が意味ありげに笑ってみせると、照れたようにはにかむ凌雅が小さく囁いた。

「ね、結構美人だろ?冷たくされてから優しくされると、あーもーってなっちゃってさ。三咲龍一さん、年上なのに可愛く見えちゃって」

 凌雅より年上ということは、想よりも上だが、歳は変わらないか年下だと思ったほど童顔だ。細くて白い、華奢な感じがさらに若く見せた。

「ついつい顔見たくなっちゃって」
『こいだね』

 穏やかな雰囲気の店内に三咲の姿はしっくり来ていて、凌雅は優しい眼差しで彼を見つめた。










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