「ここからだと死んでるように見えます。岡崎組の下にいる鬼島組の下っ端に随分絞り取られてたみたいです。ホスト上がりのクソです」
「っはー……救急車……警察も?呼んでやれ」
「はいっ!うえー……首吊りってけっこうアレだなぁ……怖っ」

 ボロアパートの安い扉を開けると、ひと部屋と狭い台所しかないワンルームで女性が首を吊っていた。
 借金を取り立てに来た訳だが、ナーバスになる。死んだら金は戻らない上に後味も悪い。取り立てこそ難しい。今年で23になるが、未だに人の死を見るのは心地良くない。
 借金を作るなんて馬鹿な女だと思うが、死ぬ気ならなんでも出来るだろう。死ぬ勇気があるのなら、それ以上はないと思うが。

「若いのに……哀れなもんだ」
「まぁ、無職女の1500万は気が遠くなるんじゃ?俺たちみたいなのに急かされたら尚更」
「そうかねぇ……あ、もしもーし俺だよ俺!永島寧々のツレを今すぐ捕まえろ。ああ、そうだ」

 遠くでサイレンの音が聞こえ、電話を終えた俺は塩田の背中を押してアパートを去る。もう一人の若い奴に第一発見者役を任せて早々にその場を離れた。車に乗り込み目を閉じると、首を吊った永島寧々の姿がよみがえる。

「下っ端、捕まえてぶっ殺すしかねぇな。金もそいつから引っ張ってやる」
「確かまだ二十代前半です。使いようによっては金になるかもしれないっすね。人手が欲しい仕事は意外と多いですから」
「ああ?ぶっ殺すって言っただろ!」
「ぶっ殺し禁止で」

 車を運転する塩田が大きな溜め息をついてバックミラー越しに俺を見た。言いたいことが分かるので、仕方なく黙ってタバコに火をつけた。
 金を取るためには簡単に殺しては意味がない。
 しかし、首を吊った女はそれなりに現実に向き合い、うちへの返済はちゃんとしていた。いい子だった。まともじゃない男に唆されて、死を選ばされたと思うと居たたまれない。

「我慢……我慢。我慢できんわ!」

 俺の一人ノリツッコミをスルーし、電話を始めた塩田が、直ぐに此方を振り向いた。その目は獲物を捕らえた猛禽類のように鋭い。

「クソ野郎が見つかったか?」

 俺の問いに静かに頷く塩田が、電話に向かって指示を送る。仕事の早い優秀な部下たちに満足してタバコをふかした。









 マンションの一室、クソ野郎は身包み剥がされ、パンツ一枚で縛り付けられまたま正座させられていた。
 水を浴びせられ、窓を開けたままの浴室に何時間も放置されたのか、震えて顔色が悪い。1月の寒さは堪える。しかし、そんなことより、俺は自分の生理機能を制御できずにいた。

「うぐ、うぅ……っれぇん……本物だぞぉ……」
「鼻水か涙か、せめて一つにしろよ……汚ぇな」

 塩田に連絡をよこした若い奴は、漣に先を越されていた。俺たち以外にも借金させていたらしく、俺たち同様損害を被ったようだった。

「おい、なんでお前が白城会、ぐずっ……なんだ?」
「まあ色々あって。今日帰国したばかりなのに柴谷会長は人使いが荒いようだから、俺も安心して働けそうだ。……俺のこと名前で呼ぶな。親しく思われない方が先々いいだろ。……約束、忘れたのか?その為に帰って来た」

 後半は囁くような漣の声。甦る別れ前の記憶に、俺は頷いた。
 漣を抱き締めていたが、首を思い切り塩田や部下たちの方に向けられる。全員状況を飲み込み切れていないようだった。

「塩田……コイツ、俺の義兄弟、新堂漣。生き別れてたのよ」
「……アニキ、それを信じろと?」
「……まぁ、間柄は置いておきませんか。今はこのクソ野郎をどうするか、其方が優位な条件で構わないので、出来る限り金を回収したいところですが」

 冷静な漣の提案に、塩田が頷いた。俺を差し置いて二人で算段を立て始めているが、正直どうでもよいくらい嬉しかった。漣が約束通り戻ってきたことが。もう母には会っただろうか。姉貴の所に連れて行きたい。そう言えば漣の借金はどうなったのか。

「っだぁあーー!!借金は!?」
「「今その話してる」死ね」
「死ね……だと!?てめぇ……仮にもアニキなんで、許せねぇっす」

 塩田が漣につっかかるが、漣は気にした様子はなく俺を睨み付けた。その話は今するな、と伝わってきてとりあえず黙った。塩田と漣のやり取りを聞き、上に説明する。納得の行く取引となり、クソ野郎は一端岡崎組が預かることとなった。若い奴と塩田が男に服を着せて運び出す中、俺はそわそわして漣を呼んだ。

「漣……や、新堂?げ、元気そうでよかった」
「ああ、お前も。また連絡するよ。これから仕返し」
「仕返し?」

 楽しい響きに、俺も行きたいと申し出るとあっさり了承された。
 それを聞いていた塩田は仕方なく『今日だけ、再会ということてでいいですよ』と義兄弟説は信じていない様子だが渋々許可を出した。

「仕返しって、ケンカか?」
「井坂センセイ」
「……家庭教師?」
「ドラッグでハイにさせたら、案外自殺させるのって楽だよ。自分で首締めてちょっとした快感を覚えさせると、エスカレートして気付いたらオダブツ」

 意地悪そうな微笑みに、引きつる顔で無理やり笑って返した。漣は感情の起伏かない分、知らずに怒らせたら怖い。これから死ぬであろう井坂の事を思い浮かべたが、どうせならボッコボコにしてやりたいと思ってしまう。

「俺がズタボロにしてやろうか」
「若林の手を汚す価値はアイツにないよ」

 アパートを出てタクシーを捕まえる漣を見ながら、また隣に立てると思っていた自分にがっかりした。大人になって、立場が出来て、好きなことばかり好きなように出来ない。

「ま、いいか」

 タクシーに乗る間際、漣の肩に腕を回すと、払いのけるでもなく笑うでもなく冷たく言われた。

「暑苦しい」

 変わっていないところもあって、俺は安心した。

「なあ、もっと優しい笑顔のやりかた練習しろよ。子供は泣くぞ」
「別に興味ない」
「あーそ」

 姉貴の春と想に会って、めちゃめちゃ泣かれればいいんだ。そう思って、取りあえず久しぶりの再会に上がりきった気持ちで仕返しについて行った。




閑話、若林謙太。過去の話。



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