「日向って彼女いるっけ?」
「いないよ」
「俺、ケンカ中なんだ。だってさ、付き合って一年も経つのに未だにキスしかさせてくんねぇの。でも、そこ以外はホントに好きだから複雑だよ」

 あーあ、と怠そうに昨年度の資料を机に放って伸びる高岡は美化委員長をしており、週明けの生徒会議会に向けて予算案をまとめていた。副委員長は体調不良を理由に早退していたが、高岡の話では仮病らしい。
 たまたま二年の時も美化委員だった隼斗は、高岡の指名で書記を任されることとなり接点が生まれた。おそらく、こんなきっかけが無ければ挨拶を交わすだけのクラスメイトとして終わっていたに違いない。

「付き合うのも大変そうだね」 
「だろだろ!それに、仲いい奴に話すと、すぐ彼女に伝わるから怒るし。日向なら何話しても誰にも言わなそ…って、良い意味だから!口が固そうってこと」
「いいよ。分かってるから気にするなよ」

 普段天真爛漫に笑顔の高岡が慌てて取り繕う姿が可笑しく、隼斗は苦笑いした。本当のことだった。誰にも話すことはないだろうと隼斗も納得する。

「でも、日向も彼女いそうなのにな。話しやすいし」
「ありがと。高岡も早く仲直りできたらいいな」

 電卓を叩く指先が震えそうになり、隼斗は全身で緊張していた。高岡に良く言われたことがお世辞だとしても嬉しかった。
 隼斗は高岡に好意はあるが、決して恋人になりたいなどという幻想は抱かない。自分の周りからの価値を理解しているし、男同士。隼斗はいつものように当たり障りのない話をしながら一通りの作業を終えた。
 高岡も最終確認を終えて書類をファイルにしまう。隼斗が先に席たち、挨拶をして教室を出ようとしたとき、不意に足を止めた。高岡が気付いて声をかけてきて、隼斗は俯き気味に声を絞り出した。軽く、遊びに誘うように。

「高岡、溜まってるなら俺としてみる?」
「……は…?」
「ちょっと興味あって…高岡がイヤじゃなかったら。ほら、割り切れるし」

 『割り切れる』その言葉がどれほど隼斗を苦しめるか本人は分からない。
 それでも溢れ始めた言葉はすらすらと出てくる。最後になんとなく笑ってみた隼斗に、高岡も笑った。

「…マジで言ってんの?日向って意外と大胆ね」

 冗談だと思って笑っている高岡に、隼斗が一歩近づいて制服のネクタイの結びを指でなぞる。

「マジだよ」




 北校舎の資料室で、本当に色気も雰囲気もないオナニーみたいなセックスが始まる。
 最初は高岡も無理かな。と言い、隼斗も未経験故に不安で、無理かもね。と返していた。
 隼斗は女性とも経験がなかったため、行為の進め方は高岡に委ねた。
 高岡も女性とは違う身体に少しの戸惑いを感じつつ、唾液や精液で狭い隼斗の入口を開拓し、カバンの内ポケットに忘れられていたようなコンドームを引っ張り出して早々に捩込んだ。
 床に預けた隼斗の背中より、膝を付いている高岡の方が痛いのではないかと、隼斗は対面座位を提案した。
 滑りがあっても初めの挿入はかなりの抵抗があり、眉を寄せる高岡が隼斗には無性に色っぽく見えた。
 目をきつく瞑り、痛みと圧迫感に必死に耐えながら背中に腕を回してしがみつく。今だけ、今だけ。隼斗は最初で最後だと言い聞かせて高岡に触れ続けた。
 彼の肌の熱さ、感触、匂い。一度切りでも感じることが出来るなんて奇跡だと言い聞かせていた。

「は、はっ…日向、マジでやばいっ…超気持ちイ」
「ん、ん…ぁ゙う、たか、おかぁ」

 ゆさゆさと揺さぶられながら隼斗が高岡を呼ぶと、ぐりっと繋がりが深くなる。
 不意に掠めた場所に痺れる快感を感じて隼斗が鳴いた。

「日向、すげ、感じてんの?」

 よく分からず、隼斗は曖昧に頷いて高岡の背中を抱く。耳元に高岡の息と声をきいて、隼斗は下半身よりもそちらに感じていた。好き。言いそうになる自分自身を律して歯を食いしばる。

「あー…イきそ、日向、イっていー?」

 何度も頷くことで肯定して見せ、隼斗は目を開く。涙で滲む視界で高岡を忘れまいと焼き付けるように見つめた。高岡は目を閉じて数秒余韻に浸っている。男は吐き出せば早く熱が引く。高岡もその様で、達することが出来ていない隼斗に、気がつくと、繋がったまま隼斗のペニスを扱いた。
 ハァハァと荒い呼吸を繰り返す事しか出来ないくらい必死だった隼斗が、突然の直接的な刺激に敏感に飛び跳ねる。

「あ、ぁっん!」
「日向もイけよ」
「ぅあ、あ…ったか、おか!ダメっ」

 口元に笑みを浮かべる高岡の悪戯っぽい顔に、隼斗の心臓がきゅっとなる。隼斗は甘い痺れにふるっと震え、そのまま高岡の手に射精した。俯いたまま真っ赤な隼斗に高岡が笑う。

「日向、めちゃくちゃエロい」

 反論もできないほどに消耗した隼斗が、目を伏せる。息を整えながらお互いに身体を離してはだけた制服を整えた。

「高岡の方が…エロかった」
「ははっマジで?やべーハマりそう」

 ネクタイを緩く締めながら笑っている高岡を、隼斗はとろとろとベルトを締めながら見つめていた。
 唇が震えるのと必死で戦い、気づいた時には『また』を約束していた。高岡も、乗り気で頷く。
 お互いに、気兼ねなく発散したいときに誘ってみよう、そんな軽いノリだった。

「ダイジョー?」

 ふらふらの隼斗の鞄を持ち、肩を支える高岡が心配そうに顔を覗く。隼斗は小さく頷いて高岡に寄りかかった。

「校門閉まってたらどうしよう」
「乗り越えちまえばいいって」

 親しげに掛けられる言葉に、隼斗は胸が熱くなった。




 それから2ヶ月が経ち、週に二、三回と結構な頻度で身体を繋げていた隼斗はだんだんとアナルセックスに慣れていき、高岡も短時間で済ませるようになった。資料室やトイレが主にする場所で、やるだけやると一言二言で別れる。隼斗はそれを寂しく思ってしまう自分に酷く落胆した。身体を繋げたが、心は置き去り。それが思ったより辛かった。
今日も先程まで傍にいた高岡の温もりに隼斗は目を細めてベルトを締める。

「高岡、好き…」

押さえきれない感情が、溜め息では隠せずに誰もいないトイレの個室に落ちた。






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