「オヤジさ、漣をアメリカに行かせんの」
「っは、なんだよお前ら仲良しこよしだから離れたくねぇってか」

 夕食を母と三人でしているときに我慢できずに聞いた。バカにしたような言い方にムカついたが、ここで切れては俺の負け。

「金はいくら?」
「あー今回のアメリカ行きと学費もろもろ4000万借してほしいとさ。返済は三倍だ」

 想像できない金額。まだ十五の俺には軽く口出しできない。

「ダメでも俺には保険がある。井坂が言い値を出すそうだから、高く売りつけてやれる。先行投資がうまく行かないと困るんでな」

 井坂……漣の家庭教師をしている国際弁護士だ。オヤジに金を払っていたに違いない。五年間変わらず家庭教師をしていたのは漣を見張るためか。優秀に教育して才能を認め、雇うつもりならばいい。そうでないなら許せない。

「井坂はだいぶ漣を気に入ってるようだ。勉強だけじゃねぇだろ?教わってんのは。くくっ、男の喜ばせ方はどこまで習った?井坂は今回のアメリカ行きも了承済みだ。本人も漣の学力を試すには良い機会だと言っていた。出来る限り泳がせて頑張っても無駄だと叩きのめした後、初めては縛り付けて犯したいとよ」

 わざと人の感情を逆撫でする言い方に拳が震える。

「てめぇ……」

 俺が怒りの頂点で顔上げたとき、母は立ち上がって走るように部屋を出た。それを見てオヤジが馬鹿にして笑う。

「今までだってあったろ。入れ込むからそうなる。今までの奴と漣を区別したら他の奴らが可哀想だろうが」

 凄まれて睨み返すと、頬を張られる。オヤジの言うことは最もだが、もはや漣は特別だった。だから許せない。

「アンタには今までの奴と同じでも、俺には違う!」

 母を追い掛けて部屋を出る。出てすぐの場所に居て、慌てて振り返ると顔を隠して泣いていた。少し離れた場所へ誘導して、座らせた。

「大丈夫か」
「ごめ、ごめん謙太……っ私がアメリカ行きをすすめたの。漣を助けたくて。アンタが毎朝『漣げんき?』って聞いてきて、漣は『謙太生きてる?』って聞いてくるの。私は二人とも大切に思ってる」
「ああ」
「漣は大人に強く言われると従ってしまうわ。そういう育ち方をしたからよ。だから私、『謙太のために、親友でいるためにはあの人から逃げなさい』って」

 震える声を押さえて、俺の腕を痛いほど握る母を見下ろす。

「漣は命令されても嫌だと思わない子だったけれど、少しずつアンタを見て反発も覚えるようになったわ。でも、支配されることに慣れてしまっているからここに居てはダメなのよ」

 立花全は当に支配者。それは自分にもよく分かる。

「じゃあ……帰ってこないかも?」
「そうね。その方がいいと思わない?」

 母の考えも分からなく無い。井坂に売られてしまうくらいなら、その方がいいのかもしれない。漣は頭がいいし海外でもやっていけるだろうが、まだ自分と同じで子供だ。どちらがいいのか分からなかったが、漣が選んだのはあの夜言ったように『自由』なんだと思った。









 毎朝、パソコンで漣へメールを送るのが日課。あっちから返ってこないことが腹立たしくて仕方がなかったが、ガラにもなく毎日送ってやった。
 春と想の写真を送ったり、庭園に庭師が来た日は庭の写真を送ったりした。母も時々手紙を書いている様だったが、宛先は毎回変わっていて返事は求めていないようだった。オヤジを警戒している様子で、日に日に元気を無くすように見えてならなかった。
 高校を卒業して、岡崎組に入ったのは『打倒、立花全』の為だった。

「塩田さ、なんでヤクザって嫌な印象なの」
「さあ……出来た。祭りの飾りは楽でいいですね」
「愛されるヤクザになりてぇな」
「無理でしょうね」

 俺より五つも年上で、すでに結婚して子供もいる塩田と組んでいた。いいコンビで、岡崎組での仕事にも慣れてきた。あまり胸を張れる仕事ではなかったが、副業では地元の活動に参加して盛り上げていた。塩田は嫌がらずにつき合ってくれるし、年下の俺にいつまでも仕えてくれている。
 きっかけは、友人の借金についてヤクザに絡まれていた塩田を助けたこと。こんなデカい図体の塩田が、リンチのようにやられていた。たまたま虫の居所が悪かった俺は、ひとりに大勢だったそのヤクザを一掃した。そんな事から親しくなった。
 ガキの頃はがっつきすぎて受け入れられなかったが、こうして地域の為に頑張ってみれば俺がヤクザだと知りながらも皆優しい。
 先月、二十歳の誕生日に彫った入れ墨に一時は死ぬかと思うくらい痛みが辛かったが、今は全快。年寄りなんて見せろ見せろと煩い。

「でも、アニキはみんなに愛されてます。うちの娘も好きっすよ」
「その言葉に俺がどんだけ幸せ感じてるかわかんねぇだろっ!」

 俺は少しずつ自分の生まれた環境を受け入れられていた。
 そして、今はこの、重要案件である祭りの準備に精魂捧げた。








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