「謙太ぁ、千佳ちゃんが泣いてたよ。連絡無いって」
「誰だよ。しーらね」

 開店前のクラブのイイ椅子で雑誌をめくる。いくらバカな俺でも三年にもなると、諦めもついた。ガキの独り相撲みたいに頑張るのをやめた。ガタイもよくなって、大人でも軽くノせるようになって、ますます浮いた。
 漣とはあの日以来口もきいていない。本当はまた二人で悪いことも楽しいこともしたかったが、意地になってたし、漣の言う通りだったから。

「タバコくれ」

 連むのはほとんど年上の、族とかやってる不真面目でどうしようもない奴らで。俺が腕っ節がいい上にヤクザの息子と分かるとみんなペコペコして、仲間に引き入れたがった。友達になりたがる人間が増えて、簡単に出来たから、始めからこうやって支配する気で友達作ればよかったと思った。

「謙太、西高のやつがよ……俺の友達の女レイプしやがってさ」
「……いーよ。ぶっ殺してやろ」

 いつしかストレス発散にケンカを利用していた。どんだけボコボコにしても、オヤジの名前で片付いたし、それも利用した。怖いものなんてない。タバコを雑誌に押し付けて消した。









 時々、普段は誰もいない客間の廊下に漣を見た。
 いつも庭園を眺めるように座っていた。冬でも夏でも決まって夜。
 俺は問題児だったが、漣は学校では真面目な秀才。だけど、あの頃と変わらずに浮いていた。俺は漣の言う通り、自分なりに友達を作ったが、漣は変わらず独りだった。
 今夜も廊下に姿があった。

「……オイ」

 久しぶりに、声を掛けてみた。何となく。長い廊下だが、夜は静かで声は届いた。
 漣は俺を見て微笑んだ。そんな顔、初めて見た。足の先と手の先が冷たくなって、胸がぞわっとした。気持ち悪い。漣じゃない。

「謙太、生きてたんだ」

 俺がきびすを返して逃げようとしたら、漣に言われた。すぐに振り返ったが、アイツは既に俺じゃなく、庭の木を見ていた。
 花もない葉だけの桜。

「……俺、強ぇし」
「知ってる」

 座っていた漣が立ち上がってこちらにやってくる。俺とすれ違って廊下を曲がった。


「れ」
「おやすみ」

 俺の言葉を遮って、あの時と同じく、振り返りもせずに漣は部屋に入っていった。
『なかなおり』ってどうやるの?久しぶりに声を聞いて、しっくり来てしまうくらい漣の存在が自然だった。けど、俺が成長したように、漣も変わっていた。俺たちは二人で最強だったのに、どうしてこうなったんだ。

「俺……」

 ただ、友達がほしかったから。漣とは変わらず友達でいられるはずだったのに。漣を知らない人間に感じてしまった自分に怒りを感じた。









 次の日も、漣はいた。

「よー!コーラどうよ」

 ちらりと俺を見た漣がペットボトルを受け取った。隣に座って庭を眺める。今夜は暑くてはビールがうまいと思ったけど、ジュースにした。久しぶりだったのに五分ほど話して漣は部屋に戻った。
 それから、ただ、漣との空いた時間を埋めたくて毎晩廊下で座って時間を過ごした。数分の日もあれば何時間も。俺のアホみたいなケンカの日常を話すと、バカにされた。バカだと自覚してからは、ケンカは笑い話として話した。腕相撲したり、こっそり客間で組手したりもした。

「でさ、西高の頭はしつこくて困るって話だよ」
「謙太、俺さ……話したいことあるんだけど」

 まだ、半分以上あるに違いない缶ビールの縁をキレイな指先でなぞりながら漣が迷ったように話した。突然だったし、俺はいやな予感しかしなくて、今日もケンカで出来たばかりの打撲跡を押したりして痛みを利用して平静なふりをした。

「オヤジさんにお金を返すためにアメリカに行くから。たぶん冬には行く」
「な……」
「頑張り次第じゃなんとかなるかと思って。俺……自分の居場所を作りたいんだ。まずは金を返して自由にならないと……お前が友達作ったみたいに、俺も頑張るときだと思う」
「無理だって!今までってオヤジは色んなガキ連れてきて育てる恩で縛り付けて、働く頃に借金させてたのは知ってるけど……!誰も返せなくて、返せないで……」

 死ぬより辛い末路が待っている。漣だって知ってるはずだ。誰も仲良くしてくれなかった。俺が『立花全』の子供だから。みんなオヤジを憎んでて、俺のこと同じ目で見る。
 漣だけが違った。

「行かないでくれよ……俺、漣しかダチいねぇよ。アイツらみんな『立花』が好きなんだ。お前みたいに何も求めてこない奴なんていねぇし、負け試合にとことん付き合ってくれる奴もいねぇ。一緒に金返すよ!な!?」

 たぶん、酷い顔だったと思う。涙と鼻水と様々。制御不能だった。

「俺だって謙太しかいない」

 あの頃と変わらない冷めた視線の奥にある強い何か持つ瞳が濡れてた。あんな気持ち悪い微笑みもない、いつもの漣と、漣の一言にいろんなものを感じて、それ以上引き止められなかった。







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