閑話、若林謙太。過去の話

『お前っオレと友達になれるかっ!?』
『……わかんない』
『オレは友達になってやってもいいと思ってるぞ!』
『………』
『なんなら親友でもいい!』

 無理矢理頷かせた。漣はたぶん小学校になったくらいの頃に家に来た。オヤジは時々子供を家に連れてきては育てていて、急に人が増えることは日常的だったが、同じ歳の子供は初めてだった。
 第一印象は小さくてガリガリで無口。でも、いつも年上の奴ばかりの上、誰とも仲良くしてもらえなかった俺は、後ろをついて来る漣が心地よくて、初めての親友を大事に大事にした。
 ヨワヨワだったから一緒に身体を鍛えて、イタズラばっかりして母親を怒らせて、姉貴にたくさん可愛がってもらい、兄弟みたいに家でも学校でも一緒にいた。



 三年後、この世に天使がやってきた。俺が10才の時だった。姉貴がデキ婚というやつで、家を出て行って間もなく双子の可愛い甥と姪が生まれた。
 帝王切開という生まれ方のため、なかなか退院して来なかったが、母子共に元気だった。
 ほとんど毎日、姉貴の家である有沢家に寄っていた。電車で30分だったが、苦ではない。小学校を卒業するまで通いつめた。
 旦那も良い奴で、姉貴を取られたと思ってたけど許せた。

「か、可愛い!!なぁ、姉貴、抱っこしたい!」
「いいよ。手洗った?」

 首がブチ切れんばかりに頷いて見せると、姉貴のふわふわの笑顔でベビーベットへ案内される。まだ、というか、もう、8ヶ月で、双子の姉の春は何処までも転がるし、弟の想はふらふらと立ち上がっていた。どちらともマイペースそうな天使だった。

「っあー!春たんぽよぽよーたまんねえ!想たんむにむにー可愛いぞっ」

 寝そべる俺の身体に登ったり、叩いたりする二人にただただ癒される。
 家はヤクザ業だったため、友達もいないし学校では浮いていた。家では厳格な祖父が事故で亡くなり、オヤジが青樹組という大きなヤクザ組織のトップに君臨することとなり、えらくストレスもあるのか八つ当たりか酷い。
 母は祖父の死にひどく塞ぎ込んでいたが、オヤジの叱咤に涙も見せずに凛としていた。

「謙太、漣ちゃんは?」
「アイツ勉強ばっかさせられてるよ。毎日家庭教師が夜までいてさー俺つまんねぇの」
「……いつでもおいでね。漣ちゃんも連れておいでよ」

 ふわふわの笑顔が少し曇っているのは、オヤジの暴虐に俺と漣が被害を受けていないか心配なのが理由だろう。

「大丈夫。俺達強ぇし、こないだ二人で中学生返り討ちにしてやったー」 

 春のパンチを顔に受けながらニヤニヤしていると、姉貴まで俺の頭を叩く。

「ケンカばかりダメ!お母さんが心配するよ?」
「はぁい」

 俺の中で姉貴は女王様。優しくて、頭が良くて、お日様みたい。何でも言うことを聞いてしまうくらいの存在だった。そんな姉貴が家を出てしまってかなり寂しかった。
 母親はオヤジとは正直冷め切っていて、仲が悪い。その分姉貴や俺、漣はとても可愛がられていた。それが分かるから、強くなって母親を守りたいと強く思っていた。
 もちろん、姉貴のことも。





「漣……だいじょーぶか……」
「……るせーな。死ね」

 中学生になると更にケンカばかりしていた。学校内で俺と漣にケンカを売る奴はいない。『立花』から母親の姓『若林』に変えていたが、それでも素性を知る人間は距離を置いていた。
 それに、今時そんなケンカばっかりする奴らいない。ほとんどケンカするのはチンピラみたいな奴らで、色をシンボルにしたギャングみたいなのと最近はよくぶつかっていた。今日も。大人数だったから、負けた。

「なんで俺まで……」
「仕方ねぇだろ!クラスの奴が追いかけられて怖い思いさせられたんだぞ」

 ズタボロにやられ、公園の植え込みに放置されていた漣が起き上がる。フェンスにもたれていた俺に近付いて、肩に手を置かれた。

「何やっても無駄だよ」

 漣のその言葉が俺の心臓をえぐった。
 嫌われ者というよりは厄介者で、クラス連中はみんなシカト状態だった。触れてはいけない爆弾……みたいな。
 漣は基本的に無表情で、綺麗なツラをしているから、影で女子に人気があった。今は鼻血と擦り傷で汚していて、いつも以上に冷めた目をしている。
 ふいに鼻血と口からの血で汚れた俺の顔を、漣が思い切り殴りつけてきた。てっきり傷でも看てくれるものと思っていた俺は地面に倒れた。

「もう、お前に着いてんの無理。俺、ヒーロー向いてねぇから。だいたい、クラス連中のためにやってんならマジでありえない。あいつらは俺たちへの見方を変えるわけない。友達がほしいなら自分だけで頑張れよ」
「ってぇな……」

 ふらつきながら汚れた学ランを拾って、さっさと行ってしまう漣は振り向きもしない。普段、無口な漣があんだけ思ったことを口にしたってことは、本気だ。どうしよう。漣しかいないのに。

「漣っ!」

 名前を呼んでも立ち止まりもせずに本当に行ってしまった。
 俺はすごくムカついた。
 だって、友達が欲しい。もし、皆のために頑張ったら見直してくれるはずだと思ったし、漣だってたくさん友達が出来ればもっと楽しい毎日になるって思ってた。
 現実はそうではないと気づくのは、俺が頑張り始めて二年が過ぎた頃だった。






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