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*
「社長、すんません!!」
小さな個人の診療所は明け方にもかかわらず灯りが点いていた。
新堂が到着すると、待合いにいた島津が立ち上がって深々と頭を下げる。
「お前は大丈夫か?」
頭を下げたまま返事をした島津を座るように促して、報告を受けた。
凌雅は入り口に立って貼り紙を眺めていた。
「その……有沢は……」
「島津は気にするな。休んでろ。先生は?」
島津が奥を示す。
新堂がそちらに行くと、カーテンで仕切られた小部屋を覗いた。
簡易ベッドに眠っている想は傷だらけだったが、息をしている。顔を見てほっとしたが、それ以上に怒りを抑えることで自然と顔は強張っていた。
「漣くん、心配するこたぁないよ。打撲と親指の骨折は時間で治るし、足の刺し傷も大きな血管は傷ついていなかった。小さな裂傷も手当てしたからね。あ、歯は専門外だから、また連れてってあげて。……よく眠ってる。あっちの彼も数ヶ所打撲、肋骨二本にヒビだから安静でね」
優しげな雰囲気の、白髪に丸い眼鏡の小柄な年配の男がにっこり笑って新堂の背中をぽんと叩いて診察室に戻る。
新堂がお礼をして、想のベッドの端に座った。ガーゼや絆創膏の少ない右の頬に触れると顔色から想像するより温かい。
すっと目が細まり、新堂は想の額に口付ける。
しばらくそのまま、静かな寝息を立てる温もりに触れていた。
*
「北川はどうなりましたか?」
「社長が片付けたよ」
凌雅が診療報酬についての貼り紙を興味無い様子で見ながら島津の質問に簡潔に答えた。
島津が黙ると、足元に座り込んで凌雅は島津を見上げる。
「お前がいてよかった。……きっとこれから社長にいろいろ聞かれるから、今のうちに休めよ。なんか飲むか?」
販売機をちらっと見て凌雅が聞いたが、島津は礼を言ってから断った。
「有沢が青樹組の……立花全の孫ってマジですか」
「……社長から聞いてくれ。俺はなんとも」
「有沢の兄弟は?大丈夫ですか」
「……どこまて知ってんの……」
色々と島津が知っていることに驚く凌雅だったが、島津は五十嵐が一方的に語った言葉が正しいのかガセなのか分かりかねて疑問ばかりだった。
想が利用されるだけされて、消されそうだったことだけは分かる。
お互いバイクの振動に身体の痛みを堪えていて、一言も話さなかったが、北川という黒幕に会いに行く前に想は失血から意識を飛ばしてしまった。
もともと北川の元に行く気などなかった島津にはよかったが、想がバイクから落ちそうになるまで気を失っている事に気が付かず、かなり焦ってしまった。慌てて停まり上着で縛り付けてここまでやって来てた。
それからは、先ほどのことが嘘の様に穏やかな医師に手当てをされ、今に至る。
島津は疲れがどっと押し寄せて頭を抱えた。
「なにも知らないんでパニックなんすよ」
凌雅が立ち上がって受付カウンターに寄りかかり、少し躊躇いがちに小さな声で話す。
「有沢くんの双子の姉ちゃんは助からなかったよ。元々、意識がないし自発呼吸できない状態だったんだ。岡崎組の奴を見つけたときにはもう……間に合わなかったって」
「クソッ……!!!!」
島津が悪態をついて椅子を殴る。ふらつきながら立ち上がって、出て行こうとする島津を凌雅が止める。
「五十嵐はまだ生きてます。逃げられないようにして生かしたのは間違いだったっすよ!ぶっ殺してやる……っ」
「お前は休んでろ。マジむかついてんのは島津だけじゃねぇんだ」
冷静になれ、と言われて島津は凌雅を睨む。本来だったら絶対にしないことだが、感情が止まらない島津は殴りかかりそうだった。凌雅も察して咎めはしない。
「場所は?社長だって五十嵐を生かしておくわけないだろ」
「今すぐ……!俺がやってやる……っ!」
短期間とはいえ、想と島津は殆ど毎日顔を合わせ、話をしていた。別段仲がいい訳でもない。
ただ、想が島津を気に入っていることは島津自身にも分かるほどだった。それは嫌ではなく、少し照れくさいものだったが、島津も想という人間は好きだった。
お互い合わなそうで合うものがあり、興味を引かれる。
仲間や友人が傷付けられたらやり返す、そんな中で生きてきた島津にとって今回の出来事は許し難いものだ。
「凌雅くん、五十嵐を連れてきてどこかにしまっておいてくれ。島津が生かしてくれた事を後悔させてやる」
「……りょーかいです」
「社長……」
「想を連れてきてくれて助かった。何があったか話してくれ」
言葉を選びながら報告を始めた島津を見て、少しほっとした様子で凌雅は部下へ五十嵐の身柄を確保するために連絡を取り始めた。
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