30


 


「スマホ寄越せ。社長に連絡する」

 『やだ』とただをこねるように顔を押さえて泣く想に、仕方なくバイクからヘルメットを持ってきて押し付けた。被れ、という意味だ。

「分かった。連れて行くけど俺も行くからな。社長に連絡しとけば、助けてもらえるかも知んねぇから。連絡いれろ」
「新堂さんに迷惑掛けたくない……」
「バカか!分かってねぇな!っ……くそっ」

 新堂はきっと想を心配して探しているに決まっている。もしかしたら、すでに目星はつけたかもしれない。
 島津は想がどれ程大切にされているか自覚が無いことに苛立った。

「とにかく連絡はするからな。じゃなきゃ縛り付けて病院まで行くぞ」

 鼻水を啜りながら島津へ携帯電話を渡してヘルメットを被ろうとするが、フルフェイスのヘルメットは顔中の痛みにとても被れない。
 島津の電話はすぐに新堂の補佐である凌雅へ繋がり、状況を報告しながら想へ視線を向けた。
 想は五十嵐の言葉が甦るのを必死で抑えていた。
 春が死んだとは考えたくない。あれは五十嵐の嘘だと思いたい。
 島津は、ぼんやりして立ち尽くしている想の足を軽く蹴り、現実に引き戻してやる。
 思考に入っていた想は驚いて身体を跳ねさせて、ヘルメットを落とした。握力も弱くなっている。

「早く被れ」
「顔中が痛くて被れない……俺の顔、まだ人間?」
「あ?あー……、ボコボコだし汚れてるけどいつもの有沢。ちょっと眠そうな顔してる。寝るなよ」

 顔色が悪い想を見て、島津は早く知った道に出なければ、とエンジンを噴かした。





 



 独自に動き始めていた新堂へ連絡が来たのは明け方4時頃だった。
 最初は若林から。『知らないアドレスから、想と名乗る人物から妙なメールが来た』というものだった。
 『帰国は1日遅らせて。O空港はだめ』それだけ。
 新堂は折り返し連絡するとだけ伝えて、想が確実に何かに首を突っ込んでしまったことに額を押さえた。
 数分後、凌雅に島津から連絡が入った。二人とも怪我をしている報告を受け、凌雅は病院の手配をすぐに行った。
 『こっちはいいから急いで病院へ』と島津に伝えながら視線を新堂へ向けた。彼は今回の拉致を企てた相手に銃口を向けていた。
 場所は北川がオーナーを務めるクラブで、今は誰もいない。ここで五十嵐と落ち合うつもりでいた北川の元に現れたのは凌雅を連れた新堂だった。
 凌雅の集めた話によると、やはり不自然に想は消えた。
 どこから調べるか……と話していると、春のいる病院の看護士からただ事ではない様子で連絡が入った。看護師にも新堂の部下が数人いる。守ると約束した以上、当たり前だった。
 病院付近にいる部下にすぐに向かわせると、看護師に取り押さえられた岡崎組員がいた。北川の部下だ。組員はすぐに口を割った。
 有沢姉弟を始末する手筈だと言う事。
 新堂に全て知られ、目の前に死神の如く静かに現れた男を前にしても、北川は怯えることもなく堂々と革のソファに腰掛けていた。

「……鼻が利く犬め。若林を遠ざけたのにこれじゃ意味がなかったな」

 笑って新堂を見ている北川の後ろには部下、横田が倒れている。腹を二度刺され、出血量からみても助からないだろう。

「自分で始末つけますか?」
「そんなに急ぐ必要はないだろう」
「いいえ、今すぐ貴方を殺します」
「オヤジの…立花全(たちばなぜん)の首を取る前に番犬に噛まれることになるとはな。白城の柴谷に飼われとるだけとは思っとらんかったが、まさかオヤジの犬だったとは…」

 シャンパンを楽しみながらも落胆した様子の北川の手を新堂は撃ち抜いた。北川の後ろで死にかけている横田の所持している銃だ。
 パリンとグラスが笑れ、血が飛び散った。
 北川は手を押さえ、俯いた。

「ぐぅッ……!!!」
「立花全の犬?願い下げだ。……正直、柴谷さんになら使われてもいいと思えたからヤクザなんて腐った事をやっているまでです」

 冷え切った視線で北川を見ると、何か言いたげだった彼に新堂は笑みを向けた。
 その瞬間、一発だけ弾丸を残して殺意を込めて容赦なく全て撃ち切る。最初は足、肩、腹、胸、最後に頭。
 部屋に静寂が戻ると、北川はすでに死んでいた。
 残り一発の銃を倒れている横田に握らせて引き金を弾かせる。シャンパンを辺りにぶちまけて、砕けた破片で喉を裂く。

「手袋しているとはいえ、そんなんで誤魔化せます?防犯カメラはバッチリ処理したっすけど」
「ま、時間稼ぎくらいだろうな。別にバレても問題ない死体だ。日本の警察も馬鹿じゃねぇが、この手の事件は深入りしないで上手くまとめるんじゃないか。あえて死体を残してやるんだ。イイコに仕事をしてくれる事を願うよ」

 『なるほど……』と凌雅が頷く。
 素早く痕跡を処理して二人が店を出た。島津と待ち合わせてしいる病院へ向かう。

「二人は大丈夫っすかね」

 運転しながらバックミラーで新堂の様子を伺うが、思わず目を逸らしてしまうほど怒りが漂っていた。
 凌雅はそれ以上話すことはなく車を走らせ続けた。










text top

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -