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「有沢っ……有沢!」

 島津は何度も想を呼ぶが、無心に五十嵐を殴り続ける手を止めない。ワークブーツを片足抜きかけて、それを脱ぎ飛ばすように蹴って想にぶつけた。
 気が付いて島津を見た想が慌ててよろめきながら側にやってきた。
 血と涙でぐしゃぐしゃの想は痛々しい。

「しまづ、ごめん……大丈夫?どうしよう……春が、若林さんが……、漣は……?」
「お前こそ大丈夫かよ……俺がいるから大丈夫だ。落ち着け。取りあえず、ナイフくれ」

 想は刺された足を庇うようにひょこひょこと自分が縛られていたパイプ椅子の元に戻る。
 足から引き抜き、自分の腹と椅子を縛っていた紐を切った後は投げ捨てたバタフライナイフを島津に持って行く。
 島津が器用にナイロンを切って、いざと言うときの為のクリップで手錠を外す。
 それを見ていた想が目を丸くした。

「そんな驚くか?お前だって抜けたんだろ?このくらいちょろいっつの」

 そう言うと、想が右手を島津に差し出した。右手首には手錠ははまったままで解錠した様子は無い。勿論外れているはずの左輪もしっかりとロックされていた。左手首から強引に抜いたようだ、島津が右手を外してやり、左手を見ると痛々しく腫れている。

「有沢……お前」

 左手は親指の根元の骨を無理矢理へし折って、輪から抜いたようだった。想は俯いたまま床を見つめていて、島津の表情は見ていない。 

「……痛ぇだろ」
「頭真っ白になったから……今更、痛い」

 想が気の抜けたように笑う。
 その弱々しい、いつもと違う姿に島津は思わず想を抱き締めた。身も心もズタボロなのは一目瞭然で、ぎゅっと腕に力を込めた。
 想はされるがまま、島津の肩に顔を擦り付けた。
 数秒後、島津は険しい顔で身体を離すと想のベルトを引き抜いて刺された太腿の止血をしてやる。

「ここ、出ないとだな」
「俺たちを襲った三人がいるはず……若林さんに連絡しないと……明後日、帰るって言ってたんだ」

 公園で襲撃されたことを思い出した島津は怒りに奥歯を噛み締めた。
 もっとしっかりしていれば、と後悔が渦巻く。
 想は俯いたままだんだん喋らなくなってくる。出血もあるし、ショックも受けていることが目に見えて明らかだった。
 島津はなるべく話し掛けながら部屋を出て三人を探すことを提案した。五十嵐の銃を扱える想が持つ。
 蹴り飛ばした靴を履いて失神している五十嵐真司を手錠で部屋に繋いでから部屋を出ると、窓から外が見えた。
 夜中に襲われたが、外は明るくなり始めている。周りは林で他に建物はない。襲撃者たちは白のバンの脇で三人ともタバコを吸っていた。

「……空き家か。山の中まで連れてこられてる……ガチで焼くつもりだったな」
「……ごめん」

 『次、謝ったらぶん殴る』と眉を吊り上げた島津が言って、想は頷いた。
 誰かに連絡を入れようにも、携帯電話を取られたようで叶わない。
 五十嵐の携帯電話を弄ってはみたが、ロックがされていて使えず、指紋は登録されていなかった為、島津はブチ切れて踏み潰してしまっていた。
 静かに空き家を出て島津が素早くバンの裏に着く。家からバンまでは十メートルほどで、想が空き家の出入り口に身を潜めて、三人の内一人の足を撃った。叫んで倒れた男に、後の二人が驚いて辺りを警戒したが、続けて二人の足も撃ち抜く。動きのないものを撃つのは想にも朝飯前だった。銃を撃った衝撃に想が身体中の痛みと闘っている間に、島津が三人をボコボコにした。

「有沢、大丈夫か」

 出てこない想の様子を見に来た島津が膝を着いて顔をのぞく。二、三回頷いて島津に支えられて立ち上がると携帯電話を差し出される。

「こいつの使える。上海に繋がるか?」
「パソコンの方にメールしとけば携帯に届くって」

 携帯を受け取った想がメールを打ち始める横で島津は腹を押さえた。肋骨が痛む。始めに襲われたときに痛めたようだ。
 それに気が付いた想が脇腹に触って押した。息を詰めて耐える島津とは対象に想はほっと息を吐いた。

「内側に折れてる感じはない。けど骨折かも」
「内側だとまずいのよ」
「島津にだって血管や内臓あるだろ」

 『まさか、ないの?』とからかう想に、手が出そうになった島津は耐え、支えていた想の身体を離した。
 さっさと自分のバイクに寄ってキーを探し始める。

「無い……あの三人か」

 島津がバンの方でノびている三人の方に戻ると、想が一人を引きずっていた。

「何してるよ」
「五十嵐がどこで北川に会うつもりだったか聞くの忘れてたから……」

 一番小柄で頭の両サイドを刈り上げたモヒカンの男の腕を運転席のドアを開けて挟まるように置き、シートベルトでぐるくるに巻いた。

「おい、起きないと腕折るよ」

 ぐり、と撃った足の傷を踏みつける。呻いて気を取り戻した男が怯えたように暴れたが、腕が絡まって動けないでいる。

「これからどこに行く予定だった?三秒以内」
「ちがっっ!!俺は五十嵐にいわれてやっただけだっ!」

 『そんな事聞いてない』と想がドアを閉めると腕が挟まって男が叫びながら暴れる。

「次は思いっきり閉めるから。急いでんだよ、早く言え。お前じゃなくてもいいんだからな」

 再びドアを開けてカウントすると、泣きながら男が場所を告げた。
 『許して!許して!』と大声で繰り返す男に想が思い切りドアを締めてやる。伸びている男の一人から鍵を見つけ出した島津に男の絶叫が聞こえて、やれやれと溜め息しながら想の元に来た。

「鍵あったぞ。とりあえず早く病院に行かないと……」
「俺、途中で降ろして欲しい……北川、殺してやる」
「……ダメだ。病院が先だろ」

 『やだ……』と泣き出す想に島津は言葉に詰まった。











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