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「可哀相なハゲ。お前もコイツとここでくたばってもらうことになるからなぁ?白城の下っ端クン」
「はぁ?くたばらせる前に聞きたいことがあるんだろ……お前じゃ無理だろうけど」

 挑発的に想が言うと、頭を掴んでいた手が離れて冷たい銃身が頬を叩いた。

「っい……!……ほら、そうやってすぐ……殴るし……口が痛ぇよ。血が止まんない……ヘタクソ野郎」

 最初に奥歯を遊び半分に抜かれていたが、未だにじわじわと止まらない出血で、想は再びそれを吐き出した。

「……有沢、挑発すんな」

 島津の心配そうな声に、想は視線だけで後ろを少し見た。
 島津から想の表情は見えないが、血で汚れていた。島津の怒りが身体中を渦巻く。手錠が食い込む手首を切り外したいくらいだった。

「クソガキが……反抗的なのもそろそろ我慢なんねえ……!……っち、誰だよ」

 うるさい電子音に舌打ちした五十嵐が窓もない狭い部屋から出て行く。電話のようだ。
 部屋は汚く、散らかっていて古そうだ。
 想が浅い呼吸を繰り返しながら辺りを観察していると、島津が抑え気味の声で話しかけてきた。

「オイ、有沢。死んでねぇよな……?どうなってんだよ」
「島津、ごめん……俺の所為だ……なんとか島津だけでも逃げ出せたらいいんだけど」
「バカじゃねぇの。死体でも持って帰るから、俺だけ、なんて言わせるか。社長の前に立てねえよ」

 『だよね』と想が笑う。島津の新堂に対する忠誠心に頭が下がる。

「……俺の家族がアイツ……五十嵐の所為で色々あって……こっそり調べてた……。でも、何故かあっちもそれに気付いてた……」
「なんだ?じゃあ、逆に捕まったわけか。誰かの裏切り?」

 まさか……だって知っているのは自分、若林、新堂、そして何人か情報を持っていたであろう者。
 想が裏切りを否定すると、戻ってきた五十嵐の機嫌がすこぶる良さそうで不気味だった。

「ご機嫌ブタ野郎……」

 島津が貶すと、手近にあったペットボトルが飛んできた。

「くくっ、いい知らせだ!!もういい。お前を殺して万事解決!また整形して元の生活以上を手に入れてやる!」
「ブタはまず顔変えてもダメじゃねぇの」
「ハゲは黙れや!!」

 五十嵐がテーブルからバタフライナイフを取り、いじり始めた。島津のものだ。くるくると回しながら想の前を行ったり来たりしている。
 想は興味なさそうに床を見つめていた。
 その態度にムカついた様子で、五十嵐は想の顎を乱暴に掴み上げた。
 痛みに顔をしかめた想を五十嵐が大声で笑う。

「今さっき、お前の片割れは死んだよ!!これから岡崎組の若林も空港で死ぬんだ。そしたら俺は岡崎組の幹部だよ。分かる?俺のバックには北川がいるんだよ!!そして北川がお前の爺さんを潰して青樹組を取るわけだ」
「……な、に」
「は?知らねえの?お前の爺さん、若林謙太とお前の母親の親父はこの辺り一番の青樹組の総大将様。で、五年前の事件のあと、俺がヤバかった時に助け船をくれたのは北川ね。あ、あー……おーっと、お前に助け船を出したのも北川だったっけ?」

 顔を着きそうなほど近付けて怒鳴る五十嵐の声も、想にはフィルターがかかって遠くに聞こえるようだった。
 話が入ってこない。春が死んだ、というのは事実なのか。
 ぐるぐる回る感覚に、涙が溢れている事にも気付けない。
 眼前の五十嵐の満足そうな顔だけが焼き付いて消えない。

「やっと傷ついたかぁ?その顔、いいよ。お前の母親もそうだったなぁ……非力な自分を嘆いてたよ」

 息が止まりそうな程動揺している想の耳元に五十嵐が優しく囁く。ナイフの背をゆっくり頬に当てて笑顔で続けた。

「有沢製薬の副社長が、お前の親父が開発リーダーをしていた新薬欲しさにお前の母親を誘拐させたわけだ。ヤクザの北川を使って、嘘でっち上げて、一家皆殺し!!若林たちが事故に仕立ててくれたおかげで保険金も入って、会社も副社長もほくほくでさ。ハハッ!お前の母親の誘拐を依頼された俺は、北川に匿ってもらってさ。お前は北川に騙されて金を稼がされてたって事さ!バカだねー」
「……っうそだ……!」
「ホントホント!まぁ……怖いのは若林謙太と新堂漣だ。アイツら執念深くてさ。でも、自分のところの組長には逆らえねぇだろぉ?北川が若林を押さえつけてくれたから助かったよ。新堂には見つかっちまったけど、北川から情報を貰ってたから……俺の勝ち!」
「黙れ!ブタ野郎!!」

 島津が五十嵐に食いかかったが、五十嵐は気にも留めずに想の目の前にナイフをちらつかせる。

「死にたいって思うだろ?これからガソリンを撒いてやるから、お友達も仲良く焼けちゃいな、あばようっ!!!オラァ!!」
「っう゛あ、ぁあ…っ!」

 五十嵐がナイフを振り下ろした。
 想の太ももあたりにナイフを深々と突き刺した五十嵐は想から離れて部屋の隅に置いてあったポリタンクを持ち上げた。バシャバシャと部屋に撒かれたガソリンが臭いを放つ。

「本当はお前から新堂漣あたりの情報が聞きたかったがよ、もういいわ。これからは俺の時代!また、返り咲いてやるさ!これから北川と落ち合うから、あんまりトロトロしてらんねぇんだわ。じゃあな、坊ちゃんとハゲ」

 ポリタンクを投げ捨てた五十嵐が部屋を出ようと背を向けた。

「お前が、死ね」

 声に振り返った五十嵐の顔面に軽量金属が打ち込まれる。手錠が顔にめり込み、鼻の骨が砕ける音がして壁にぶつかった五十嵐が、激痛にうずくまって騒いだ。

「ぎゃあっ、あぁあっ?!なんで……?!」

 想が右手に手錠を握ったまま、それで何度も五十嵐を殴りつける。声にならない音のような呻きを上げながら五十嵐が腕で顔を守るが、容赦なく振り上げられた拳がめり込んだ。






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