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「…………」
「電話、出ませんか?北川に呼ばれたって事は仕事っすかね……」

 マンションの玄関で凌雅が心配そうに呟いた。
 戸部との会食が終わってメールを見た新堂が何度か電話をしたが想は出ない。マンションに着いても、帰った様子はなく見張りの者も同じ答えだった。
 北川は想を自由にしていたが、支配する側の位置はあくまで北川。仕事を寄越されたら片付けなければならないのは当たり前で、想も大人としてひとりでこなせる。
 いつもなら大抵の仕事は北川から若林、若林から想へ来るが、今は若林が不在で確認もとれない。新堂は、心配する必要などないかもしれないのに、色々と考えを巡らせてしまう自分を嘲笑した。 

「参ったな……」

 自分が思っている以上に想に入れ込んでいることを自覚して、新堂は携帯をしまった。
 凌雅も想の立場を考えると白城会よりは岡崎組に近い為にあまりしてやれることがなく、悔しそうに目を閉じた。尊敬する新堂の大切な人に何かあっては凌雅も居たたまれない。

「想が俺に連絡を寄越さない筈はないからな。一時間待つ。連絡がなかったら動くよ。凌雅くんは帰って良いよ」
「俺もやります」

 新堂が上着とベストを脱いでネクタイを緩めるていると、革靴を脱いで部屋に上がりながら凌雅が言った。
 新堂が驚いた様子で彼を見る。

「手伝わせて貰えますよね?いつ紹介してくれるのかと待ってるけど、なかなか紹介してくれないし……知り合う前に何かあったら嫌っすもん。取りあえず街に立ってるキャッチやってる奴とかに有沢君を見かけたかそれとなく報告させます」

 新堂は凌雅の人脈が多いことを知っている。やんちゃばかりしていた。極道の父親を持っているというだけで好奇の目に晒され、危ない目に合うこともあれば利用するために寄ってくる者もいて、荒れに荒れて反抗ばかりしていたと聞いていたが、今は成長したものだと感心した。
 コーヒーを淹れながら複数の携帯電話で器用に連絡を取り始めた凌雅を眺めた。

「頼む。リアルで緻密な街情報は凌雅くんに適わないからな」
「どんどん頼って下さいね!庭みたいなもんですから!」

 凌雅は人を見る目があり、カリスマ性もある。きっと白城会をより強い物にできるはずだ。想とはまた違う意味で自分を慕ってくる凌雅の先の将来を考えてしまい、自分はとことん『誰かのため』に動くことばかり考えていて気持ちを萎えさせた。
 加えて、最近ではあって当たり前だった温もりが傍に無いことに苛立つ。
 隠そうとしているのに、隠せていない思いが溢れている可愛らしい姿を見てとことん甘やかしてやりたくなる。不安や戸惑いが分からなくなるくらいドロドロに蕩けさせて必死に求めてくる全てに応えてやりたい。
 そんな子供じみた欲望が新堂にもあるのだと分からせてくれる。特別な想。
 想だけは対等だと思わせてくれる。彼は何をしてやらなくても自分を必要としてくれる。新堂の根底、幼い頃から奥深くにある歪んだ価値観も、彼にはいらない。
 新堂自身が自分の為に動きたいと思わせるのは想だけだった。

「きっとすぐ帰りますよ。そしたら一緒に飲むってのはダメっすか?」
「なんだ、居座るのか?」
「邪魔ってことっすか!ひどい……」

 新堂がコーヒーを手渡すと、凌雅は立ち上がって頭を下げてそれを受け取った。





 


 バシッ、ゴツ、そんな鈍い音にぼやけた視界と頭がゆっくりと現実に戻ってきて島津は顔を上げた。
 汚い狭い部屋の隅、配管のような物に自分の手が捕まっている事に気づいて少し動かすが、後ろ手に嵌められたら手錠のため、よく分からない。手錠はナイロンの結束バンドで配管に縛り付けられているようだった。
 視線を上げると太った男が拳を振り上げていた。
 五十嵐真司だ。
 殴られる度に揺れる赤茶色の髪は想だ。後ろ姿だが、間違いないと島津は思った。床に固定されたパイプ椅子に腰をナイロン紐のようなもので縛り付けられ、手は島津と同様に後ろ手に手錠されている。

「あはっ……ヘタクソ……」

 侮蔑の籠もった想の声に男が怒りを露わにして顔ではなく腹を殴った。

「っ……い!!……て……」
「あり、さわ……」

 呻いた想に反射的に島津が声を絞り出すと、五十嵐が島津に気が付いてニヤニヤと笑った。

「気が付いたかよ。てめーも後で可愛がってやるから大人しく待ってな!」 

 想が殆ど血液の様な唾を五十嵐の高そうな靴に吐いた。
 一緒に歯が床にこぼれる。

「てめーっっ!」
「ははっ!そんなにペース乱されて、何も聞き出せてないじゃん」

 可笑しそうに笑う小さな声が弱々しく、島津はガシャガシャと暴れてみるが、外れる筈もなく拳を握り締めた。
 何故こんな状況になっているのか、いくら考えても分からない島津は五十嵐を睨み付けてそのイライラを消化しようとした。

「おい!そこのブタ!何だよこれ!」
「ブタだと?!ハゲやろう!好きでこんな風だと思ってんのかぁあ?!こいつらのせいで俺はこうなるしか無かったんだよ!」

 想の頭を乱暴に掴んでグラグラ揺さぶった五十嵐が怒りをぶつけるように言った。喚きながら小さなテーブルから銃を取り上げ、島津に向ける。
 警戒してそれをじっと睨みつけるようにしながら、嫌な汗が背中を伝うのを島津は感じた。









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