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 想が逃げるようにクラブを出ると、外に黒塗りベンツが停まっていた。想に気が付いた運転手がドアを開けて乗るように促す。
 想が遠慮がちに首を横に振ると、運転手が近寄り腕を掴んだ。

「組長から病院に寄ってからお前を依頼場所へ連れて行くように命令されている」
「悪いですけど、自分で行けるので……」

 いつもは送迎などされない。
 想は何かおかしいと身体中が反応していた。
 腕を抜こうとすると、逆に力を込められる。想が睨めば、あちらも譲らずに威圧するように視線を強めた。
 数秒その状態でいると、聞き慣れた声が想を呼んだ。

「有沢?まだ帰ってなかったのかよ」
「島津!!」

 フルフェイスのカバーを上げて少し怒り気味に言ったのは、大型二輪に跨がった島津だった。
 想は花束を思い切り男の顔面に叩きつけた。
 不意打ちを食らった男の手から力が抜け、素早く腕を捻ると膝裏を踏みつけるように蹴る。男が膝をついて呻くと同時に想は島津の方へ走った。
 様子をなんとなく察した島津が後ろを顎で示した。

「社長に迷惑かけんじゃねぇよ!何やらかした?!」
「何もしてない!早く行って、頼むから!」
「ちゃんと掴まれよ」

 舌打ちしながらもバイクの後ろに乗った想が島津の腰に掴まったのを確認してエンジンを噴かすと、素早く方向転換して走り出す。

「あのガキっ……!」

 一方、想に逃げられた男が怒りを爆発させ花束を踏みつける。傍から見ていた者もひそひそ話ながら関わるまいと足早に去っていく。
 男は携帯電話を取り出して北川に連絡を入れながらベンツに乗り込んだ。

「……組長、車に乗りませんでした……はい、病院ですか?……承知しました。着いたら連絡します。はい」

 整ったエンジン音を響かせて車はライトを点けると灯りが煌めく街中へ消えた。









「助かった。ありがと、島津……」

 少し走って人通りの少ない公園に入って二人の乗ったバイクは停まった。
 バイクから降りた想が頭を下げたが、島津は想の襟首を掴んで絞ると眉をつり上げて怒鳴った。

「俺が声かけなかったらどうするつもりだったよ?!社長が心配すんだろーが!」
「ご、ごめ……てか、俺だっていきなり車に乗せられそうになったし、わけわからないし……っ!」
「夜遊びなんてしてるからだろ。こんな時間まで帰ってないなんてどうしたよ。休みだっつーのに、思わず声かけて正解だったわ」

 説教まじりに乱暴に手を離されてよろめく想は黙ったが、北川の依頼がまだ片付いてないことに溜め息した。再びエンジンをかけようとした島津が乗るか聞いて、想は控え目に頷いた。

「マンションまで送る」
「え?!あ……俺、依頼された仕事が……っ!島津うしろ!」

 想の声に弾かれる様に振り返った島津を目掛けて黒い警棒のような物が振り下ろされた。
 反射的に腕で受け止めたが、バチッと物凄い音が響いてそれに電気が通って島津はふらついた。
 想が一撃目を決めた男から庇うように島津の前に立って応戦体勢を取ったが、茂みから出てきたもう一人が屈んでいた島津の腹部目掛けて棒を押し込んだ。低く呻いて島津が倒れる。
 意識が飛ぶほどの電圧のそれを二人の若い男がにやにやしながら構えていた。

「島津っ……!!」

 前の二人と倒れた島津に気を取られていた想は後ろの存在に気が付くのが遅れた。はっとして気を張った時には島津同様、地面に倒れていた。
 意識はあるのに、身体がおかしい。呼吸さえままならない状況に、想は島津を案じて心の中で彼の名を叫んだ。

「早く車に乗せろ!!五十嵐さんがうるせぇぞ」
「やりーっこれだけで十万えーん!!バイク貰ってもいいかな?」
「好きにして良いんじゃね?おい、この坊主頭は?」
「見られたんだからついでに乗せとけ!」

 三人によって近くに停められていたバンに二人は押し込まれた。後ろ手に手錠を嵌められ動きを制限される。
 想が男を睨むと、側頭部を殴られた。視界が揺れ、意識が飛んだ。
 三人組のひとりがバイクに乗って走り出すと、車も素早く走り出して公園を離れた。あっという間に、夜が深くなり始めた街の外へと車は消えた。









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