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「はぁ………」
「社長、溜め息で幸せが逃げますよ〜」
「もう出ちまったよ」

 ダークグレーのスーツのボタンをきちんと留め、軽く笑いながら料亭の座敷から手入れされた中庭を眺めていた新堂と、珍しくスーツ姿の凌雅は少し肌寒くなった為、ガラス戸を閉めた。
 窓際から廊下に面する襖をまで歩く凌雅の少しウェーブ掛かった黒髪はふわりと揺れた。
 先日、双龍会の戸部が行っていた過去の保険金詐欺殺人の証拠を警視庁内部の仕事仲間へちらつかせた。戸部にはガサ入れが入るのは必至で、『危ないですよ』と警告をしてやっていた。もちろん戸部も警察内に手込めにしている奴はいるはずで、そいつらに確認を取れば、本当に双龍会の保険金殺人の捜査が始まることは伝わる。
 予め知っていれば変わりに逮捕される者を用意出来るし、証拠を改ざん、処分することもできる。
 戸部は情報を寄越した新堂に借りを作ることになるし、事件が一応解決されることとなる。確固たる証拠が出てしまっては替え玉を使うしかない。
 そして今日は、戸部は新堂に頭を下げるしか無い。もちろん、跡目問題でも新堂を推す。
 廊下を覗いてもまだ戸部が来る様子はない事に、凌雅は新堂へ首を振ってみせた。

「遅ぇな、くそジジイが」
「呼び出したのに遅刻なんて、土下座させるしかないっすね」
「そんなんじゃ足りねぇな。……柴谷さんの為にもイイコちゃんにしていてやろうと思ったが、戸部の老ぼれには引退してもらうか」

 冗談半分で行った己の言葉に口端を上げた新堂を見て凌雅はぞっとした。
 まだまだ手はあるのだろう。戸部の平伏す姿を想像して、なぜか凌雅は小さく笑ってしまった。









 想がタクシーを降りて会員制のクラブに入ると、ちらりと見たことがある顔の男に奥へ案内される。恐らく北川の部下。
 重厚な作りの扉の先はVIPルームで、広い部屋の中央にシャンパンタワーが立ち、高そうなソファに北川は和装の美女と共に座っていた。
 想が入り口でぽかんとシャンパンタワーを見ていると、指で指示されて北川の座るソファに近づいた。

「あら、随分と可愛らしいお方じゃないですか。北川組長さんのお客様だと言うから……てっきり強面がいらっしゃるとばかり……ね」

 和装の美女が想に微笑みかけ、想は俯いた。
 ソファから少し離れた場所でいつでも待機する北川の右腕の男の視線にも耐えかねていた想は逃げ出したい気分で一杯だ。

「初々しい反応するわ。夜の街の子ではないのかしら」
「比奈子、可愛がりてえ気持ちも分かるがちょいと外してくれ」

 笑みを崩さずに所作良く立ち上がった比奈子と呼ばれた美女が想の隣を通り部屋を出ていく。
 変わりに手招きされた想がまた少し北川に近付いた。

「さてね、仕事の話しだが、その前に。昨日の振り込みでお前の借金は終わった。だがよ、裏の仕事は続けるんだろう?わしのトコに来るか?ん?まだ若林通して仕事したいか?」

 想が回答に困って口を開こうとするが、北川は質問攻めにする。 

「まさか辞めるか?こんなに浸かっておいて無理だろうが。いっそ組に入っちまえば楽だろうに。お前を自由にする気はねぇがよ、お前もまさか普通に戻れると思っとらんだろぉ?」
「……えっと、まだ、何も考えていないので……でも、組には入りません」

 北川の意見に添いながら、なんとか答えると北川が笑った。視線を合わせていた想は足場がなくなったかと思うくらいぞっとする笑みで、想はぐっと拳を握って怯まぬように耐える。負けじと視線を強めた。
 絶対に目をそらさない想に、北川は手に入らないと分かっているのに手放したくないと思う自分がいる事を知って唇を舐めた。

「若いのにな流されんなぁ……くく、勿体無いわ。よし、仕事はこれだ。任せたぞ」

 北川が待機していた男に指示すると、男が想に一枚の紙を差し出した。
 場所、相手の顔写真、引き出したい事項。見たこともないただのリーマン風な中年男だ。
 想は事項を記憶に残して紙を男に返した。
 北川に頭を下げてから入り口へ向かうと、比奈子が入ってきた。その手には花束がある。
 想に差し出された花束に困惑していると、北川がシャンパンを光にかざしながら言った。

「双子の片割れへ持ってってやれや」

 微笑みを崩さず、そっと想に花束を渡した比奈子が扉を開く。頭を下げて部屋から出た想は、真っ白な大量のユリに少し冷たさを感じてこの花束は春には届けまいと決め、足早にクラブを出た。









「五十嵐に連絡入れとけや。有沢想、あいつは始末するしかないな。こっちには、着かん。あぁ……勿体ねぇなぁ……逸材が」
「あら、寂しいわ」
「新堂漣か……白城の跡目んとこ出入りしてる時点で有沢想が俺に飼われることは無いわ。まあ、金も随分あいつで稼いだし、そろそろいいだろう。若林や新堂に金を積まれてもあのガキを譲らんかって正解だった。アイツらを抑え込むには丁度いい道具になったしな。計画通り……わしが青樹組取ったるわ」

 待機していた男が電話を始める。
 『怖いわ』と笑う比奈子の帯を北川は緩めながら至極凶悪な笑みを浮かべていた。









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