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結局バスルームでセックスした二人はラフな服装に着替えて、リビングでゆったりと過ごすことにした。
長いソファに座った新堂の足を枕に想は横になっていた。ガラス製のローテーブルに置かれたトレーには夕食と言うには軽いものとワイン、ウーロン茶か乗っている。横になったまま想が口を開けると一口サイズに切られたフランスパンが運ばれる。明太子とマヨネーズが塗られたカリカリとした香ばしさは絶品だった。
「島津と仲良くなったらしいな。蔵元が俺に教えてくれた」
「島津、顔は怖いし遠慮ないけど、すぐ怒るところとか、新堂さんの為にがんばってる姿とか、好きかも。あと、五十嵐真司ですけど整形して、名前も変えてるみたいです……あんまり調べられなかった」
島津と想がどんな風か様子を想像したのか、新堂が笑った。
しばらく親しい人間もいなかった想に新しく付き合いが増えることはいい事で、自分で付き合う人間を見極めていければ何よりだと新堂は思った。
五十嵐真司の整形については調べておくと頷いた。
想は、ふと聞こうと思っていたことを思い出して新堂の手を取った。長い指のきちんと切られた爪を触りながら聞いた。
「新堂さん、かなり気になってることがあります」
「なんだ」
「苦手なことないんですか?人間らしい回答をぜひ……」
新堂はワインを一口飲み、自分の膝で指を弄る想が猫の様だと眺めながら少し考える。
苦手な事など無さそうで、想がむすっとしていると新堂が答えた。
「……何もしないこと。あと、ほうれん草を食べること、だ」
真剣な顔で好き嫌いを言う新堂にぽかんとしてしまった想は、何もしないってどういうこと?と聞いたが、新堂は想にも聞きたいと言った。
「じゃあ、早く!何が知りたいですか?」
「どうして獣医を目指してた?親父の会社は素晴らしい実績だったし、嫌いではなかっただろう」
若林からいろいろ聞かされていた新堂だが、面と向かってお互いの事をあまり話したこともなかった。
想の双子の姉はアレルギー体質だったため、父親はその研究に相当力を注いでいた。そんな姿を知っていた想は確かに父親の会社を継ぐことも考えて進路は薬剤学か悩んでいた。
「動物が好きだったから……春がアレルギーで飼えなかったし……父さんの方の爺ちゃん婆ちゃんが獣医で、小さい頃から片付けとかの手伝いしてたから魅力的だったかも……それなのに、ヤクザ絡みのせいで北海道に引っ越しちゃって、なかなか会えなくなっちゃったけど」
「なるほどな。動物か……犬でも飼うか。仕事が一段落したらになるが、俺も犬は好きだ」
本当?!と想が起き上がって新堂を見る。
キラキラとした表情は子供のようで、新堂はそんな顔を初めて見た。知っているのは情報ばかり。まだまだ想自身をあまり知らないと感じて、想を抱き寄せた。膝に乗るには幾分大きいが愛しい人の体温は心も温める。想に見下ろされるのは悪くない、と新堂はキスをした。
「マジで嬉しい!」
テンションが上がった想は新堂に恥ずかし気もなく抱きついて、『ありがとう!』と声を弾ませた。
こんなに生き生きとした想がいるのなら、彼が生きる目的を持てるなら、なんでもしようと新堂は胸に誓った。
「俺は泳ぐのを辞められない魚みたいなもんだ。何もしないって事は、泳がないって事。何をするにも、人にさせるくらいなら自分でやった方が早く確実で満足できる。まあ……働くのが好きってことだ」
「なるほど……変わってます。と言うか、凄いです。だからみんな新堂さんの部下は新堂さんを崇拝してるのかな……新堂さんの家族は?」
「聞いてもつまんねえよ」
シャツの裾から手を入れて腰や背中を撫でながら新堂は鼻で笑った。若林からも新堂の家族については聞いたことがなかったが、若林と新堂は子供の頃からの付き合いで兄弟の様に育ったと聞いていた。
「じゃあ勝手に調べます。恥ずかしいことが見つかっても教えないですよ」
子供のような言い分に新堂が想の下着に手を突っ込むと、想が慌てて手を押さえる。
「調べる価値もない。母親は余所で家庭を持ってるし、父親はどこ行ったのか、生きてるかも分からない。7歳頃からは親代わりは若林の親父。以上」
新堂は簡潔に述べ、微笑んで止めていた手を奥へ入れて滑らかな手触りの尻を撫で回した。
擽ったがる想が新堂の上から退いて隣に座る。
「大まか過ぎるよ!」
「また話すよ。今はそんな事より想に触りたい」
ソファに押し倒される形で下になった想が慌てて新堂を押し返す。バスルームでも一度のつもりが何度かしてしまい、腰がくたくただった。想の方が若いのに、受け止める側はきつい。腹が筋肉痛になりそうだった。もちろん男同士である以上、どちらもかなり体力は使うはずだった。
「わー!もう今日はやばいですっ明日出勤だしっ」
「あんな風に誘っといて、俺が誘ったら断るのか?」
意地悪な笑みで見下ろしてくる新堂を、誘った自分を思い出して恥ずかしくなった想が睨む。
新堂はそれを心地良く受け止め、額に優しく触れるキスを贈った。
「そんな顔されたらますます可愛がりたくなっちまう……仕方ない、ベッドで寝るか」
耳元で囁くように言われて想は頷いた。
「新堂さんのこともっと知りたいです」
「またな」
想は自分を抱える新堂に慌てて掴まった。
それなりの大きさと重さを自覚している手前、驚きを隠せない。
「お、重いから……!」
「ギリギリだな」
からかうように笑った新堂に、想は笑ってぎゅっとからの身体を抱き締めた。
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