21





「くそ!猿みたいな奴だな」

 呆気なく巻かれてしまった島津が悪態を吐き、路上に捨てられていたペットボトルを踏みつけた。
 しかし新堂に命令とまではいかないが、頼まれた以上何もしないわけにはいかない。有沢想がどう言った人物か分からないが、彼に何かあっては新堂に顔向けできない。
 舌打ちしながら島津は人混みに入って想を探した。
 一方、想は客の入り始めたホストクラブの裏を歩いていた。たくさん存在する中でもこの辺りは盛っていて、青樹組系列のやくざと繋がっている。
 裏口を彷徨い歩いていると、あまり客の付かない三流ホストがゴミを出しに出てきた。想に気付いたホストが怪訝な目で見る。

「新人?なにサボってんだよぉ」
「いや、ホストじゃないんです」
「じゃあさっさとどっか消えろ!」

 怒鳴られても想は笑顔を貼り付けて写真を取り出した。

「実は学生の時にお世話になった人を探してて…」
「おい、騒ぐなよ。うるせーぞ」

 三流ホストの後ろから二、三人が怒鳴り声につられて出てきた。

「悪い、なんか関係者じゃねぇのに迷ったぽい奴がいてさ。人探してんだって」

 どれどれ……だれだれ……と他のホストも写真を覗く。
 想は困った様子を崩さずホストたちの様子を見守った。

「これ、Adamsのシンさんじゃね?俺がまだあっちで働き出したときキングだったわー」
「整形前だな。なんかやくざに追われてるって一時期有名だったなー。関わらない方がいいよ」

 口々に噂や人間性について話してくるホストたちに写真を返された想が不思議そうにホストに訪ねた。

「なんで追われてるのか知ってますか?」
「バカ!関わるなって。隠れ切れなくて整形して50キロちかく太ったんだってよ。聞いた話だけどさぁ……今じゃあもう別人みたいらしいよ」

 『残念です……』と想がお礼を行ってそこを去った。
 身分偽装か。と写真をしまってAdamsと言う店を探した。さすがにもう働いてはいないだろうが、周辺には知っている人間がいるかもしれない。
 想が去った後、ホストたちはその背中を見送りながら、身内の会話に戻った。

「でさ、あいつは何なの?」
「さあ。なんかシンさんの学生時代の後輩?的な?」
「…シンさんて小学校しかろくに行ってないってきいたぞ」
「…………」
「…………」
「…………」

 一瞬の静けさの後、ホストたちは我関せずとそれぞれの仕事に戻っていった。







「Adamsってもう無いよ。今はblue tiaraっていうキャバクラなの。あたしそこで働いてるよ。お兄さんカッコイイからお酒少し奢ってあげるよぉ。これから来ない?これから出勤だし!」
「あたしと行かない?少し所か、好きなお酒飲んで良いからさぁ!……どう?」

 両脇で完璧な化粧を施した女性が二人、想の腕を取る。
 ぎゅっと密着された想は固まり、逃げられずに戸惑う。
 ほどよい香水の香りと腕に押し付けられる胸の感触に、このままでは本当に店に連れて行かれてしまう……と少し強引に慌てて腕を引き抜いた。

「す、すみません。持ち合わせないし今日は失礼します。あ!さっき話した人の事だけど、今どこで働いてるかなんて知らないですよね?」 

 想は後ずさりしながら訊ねる。

「店で飲んでくれたら話すよぉ」
「待ってるよぉ!」

 にこにこと笑いながら、二人は名刺を想の胸ポケットに入れた。
 甘い声と笑顔で手を振るキャバ嬢を見送り、綺麗なお店に入っていく二人を見て溜め息を吐いた。キャバクラもホストクラブもゲスト側で若林たちに何度か連れてこられたことはあるが、酒もたばこも苦手な想には苦痛の空間だった。
 胸の名刺を読もうとした時、肩に手が置かれた。

「てめぇ…あんな逃げ方しといて何事かと思ったらよぉ、キャバですかぁ?ああ"?」

 想がドキッとして振り返ると、息を弾ませた島津が目をギラギラさせている。
 まさか新堂の一言通りずっと自分を探していたのかと思って『ごめん』と想が謝る。
 すると島津は想の手にある名刺を取り上げた。島津はユウアの方が可愛いな……と名刺を見比べている。

「レイナにユウア……狙ってんの?社長とヤってんじゃねぇんだ」
「ヤってるって……新堂さんて俺のことどんな位置付けにしてるんですか?」

 『大切な人』と言われて想はぞわっとした。良い意味での鳥肌で、くすぐったい感覚に襟足を弄る。写真入りの名刺を返されて、仁王立ちで腕を組んでいる島津の目の前で財布を確認すると自分の財布には諭吉が一枚、英世が二枚。

「今いくら持ってますか?」
「…三千五百円……てンめぇ、その顔なんだよ!給料日前だっつーの」
「……俺よりビンボー」

 盛大に溜め息と共に貶すと島津が青筋を立てて想の襟を掴もうとする。するりと避けた想はそのままキャバクラを離れて行く。あまり急ぎすぎて五十嵐真司にバレたら若林と新堂の苦労をぶち壊す。そう考えて想は一旦帰る事に決めた。
 そろそろ新堂が帰ってきても良い頃だった。

「島津さんはキレっぽい」
「てめぇの所為だろーがよぉ」

 想だけならば退かない人々も、島津の雰囲気と風貌に自然と道が開いて想は少し笑った。坊主にトライバルライン、服装は少しだらしない程度の若者だが、180越える背丈とがっちり鍛えられた感のある身体付き、目つきの悪さと顔のキズは威圧感がある。

「蔵元さんお腹好いてるかな。何かテイクアウトして帰りませんか」

 『奢りますよ』とわざとらしく優越感たっぷりの笑みで付け足した想の耳を島津が引っ張った。
 島津の遠慮のなさは想にとって嫌なものではなかった。想が壁を作る分、あちらも距離を置く。それが島津には無い。

「んじゃあ、お言葉に甘えて遠慮なあぁあく奢ってもらいますわぁ」

 怒りマークつきの物言いも、想が鼻で笑うと更に怒ってくる姿に自然と笑みが零れた。








text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -