ーービシャッ!
 想の濡れたシャツが重たい水音を含んで、新堂の胸元にぶつかった。
 新堂は腕の中に飛び込んできたずぶ濡れの身体を慌てて抱き止めた。
 1年前ほどだろうか。出会った頃に比べて随分痩せた身体を腕に感じて、思わず抱き締める。
 それもそうか。詰問役はストレスも多いだろう。情報を欲しがり急かすヤクザと、生死の狭間で怯えて喋らない対象の間に立ち、拷問を繰り返す。
 すぐに精神的にダメになるか、人を痛めつける快感を得て無意味に他人を痛ぶるようになるか。
 新堂は、自分の背中を強く抱く想の腕をそのままに、優しく立ち上がることを促した。

「う……す、すみません……」
「いいよ。そのまま、抱きついてて」

 新堂は想をバスタブの縁に座らせた。
 自分は膝をついて、想の背中を右手で優しく撫でながら、苦しそうに下着を押し上げる彼のペニスに触れた。
 大袈裟なほど身体を硬直させた想だが、ぎゅっと新堂の背中を掴んで息を止めた。
 想はすごく緊張したが、拒否しなかった。新堂が自分に害を成すとは考えられなかったからだ。

「そのまま、力を抜いてろ」
「っ……ご、ごめんなさい……そんなところ、触らないで、ください……」
「みんな付いてるよ。彼女は?」

 経験があるのか聞かれている事に、想は恥ずかしそうに小さく首を横に振った。
 
「分かった。それじゃあ、好きな子でも思い浮かべてな」

 そんな相手いない。
 想は言えずに、再び小さく頷いた。
 ゆっくりと性器を擦られ、甘い息が鼻から抜けるのを自分でも感じていた。アナルの奥に入れられた薬のせいか、内部が疼いて腰が引けそうになる。
 つい先刻、触れられた嫌悪感とは違う、熱い快感が腰を重くさせる。
 想は新堂の手に感じて、瞼を閉じた。微かに感じる新堂の香りが、『この人は味方』と感じさせ、涙が滲む。
 そんな相手に自分の性器を触らせていることに、罪悪感を感じたが、想は我慢しきれずに微かに腰を揺らしていた。
 
「気持ちいい?出していいぞ。楽になるから」
「ん、ん……ッ、ごめ、なさ……い」

 新堂の手が熱いペニスを強く擦ると、想はビクッと腰を硬直させた。僅かな量の精液が彼の手を汚す。想は何度も謝って、俯いた。
 新堂はただ、優しく背中を撫でながら、なかなか萎える事ができない想のペニスをゆっくりと擦り上げる。

「まだ辛いか?」
「……も、だいじょぶ……です……」

 弱々しく答えたが、想は収まらない熱の存在を感じていた。
 暴漢たちに尻に塗り込まれた正体不明のモノやアルコールの事が微かに甦り、ただ忘れたくて閉じていた瞼を開いた。
 綺麗なバスルームの壁を見つめ、新堂の背中を抱いたまま、『いつかは終わるんだ』と心の中で呟く。
 いつ?
 楽になりたい。
 苦しい。
 離れたくない。
 優しい。
 優しい……
 想は再び瞼を閉じた。
 ずっと、この人の背中を抱いていたい。少しでも、この優しさと安心を感じていたい。
 想は、少し戸惑いながら身体を離して手の甲で涙を擦りながら顔を上げた。

「……俺、男……だけど、前……罰で男同士でお尻を使うの、見ました……」
「……クスリ使われた?」
「分かんない……でも、熱くて……」

 想は言葉を止めた。
 自分はすごくみっともなく、恥ずかしい事を口にしようとしていないだろうか。
 普通、そんな事を言われて快い、ノーマルな性的嗜好の男などいないだろう。
 想は唇を噛み締め、ゆっくりと背中を抱いていたい腕から力を抜いた。新堂の背中を離し、首を横に振る。

「楽に、なりました……すみません、変なこと、させて……」

 下腹部を隠すようにシャツを引っ張り、想はペコリと頭を下げた。
 この人には、嫌われたくない。身体の奥が熱くて、もっとと強請りそうな自分を踏み潰すように俯く。
 そう思ったが、新堂は自分の前から退かない。
 頼むから早く出て行ってもらいたいと、訴えるように顔を上げた。

「若林に殺される」
 
 だが、新堂は口元に微かな笑みを浮かべて、噛み締めたせいで血の滲む想の唇を舐めた。
 その微笑みが至極優しさを含んでいて、想は唇を舐められていることも忘れて見惚れた。
 
「想、強がることない。少し、甘えれば楽になれる」

 どうすれば、想を助けてあげられるのか。新堂は上手い答えが見つからず、困ったように眉尻を下げた。

「……人に優しくするのは苦手なんだ。だから、違ってたらすまない」

 想は、新堂の言葉に首を横に振った。

「新堂さん、は……すごく、優しい……です」
「恥ずかしいかもしれないが、最初はそんなもんだよ。気にすることない」

 腕を引かれ、バスルームの床に座る新堂の上に対面する形で座った想は、真っ直ぐに新堂を見つめた。
 
「……新堂さんが……嫌じゃない、ですか……?」
「ん?嫌ってなにが?」

 男同士だろうが、気にした様子のない新堂。
 唇が触れそうな距離で、己の様子を伺う新堂の肩に、想は怯えてしまう手を触れた。

「想こそ、嫌なことはちゃんと言え。いいな?」
「……はい」

 優しい雰囲気の新堂から唇重ねられ、想は苦しさとは違う痛みを胸の奥に感じた。ふわふわの綿に押し付けられるような、そんな痛み。
 どこまでも想を優先させるように触れてくる唇が、重なっては離れ、舌先で舐められ、温かい舌が、ゆっくりと促すように口腔まで侵入してくる。

「ん……っ、う……ん」
「素直でいいな。そうだよ。そうやって、甘えればいいんだ」

 新堂の声はどこまでも穏やかで優しく、『嫌なことなんてあるのかな?』と頭の端で思いながら、想は初めてのキスに甘く酔いしれた。




 




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