パソコンの前で時が止まったように立ち尽くしていたヒワのスマホが大きく呼び出し音を鳴らした。
 ビクッと大袈裟なほど肩を揺らし、現実に引き戻された。

「っ、わ、……あ、タカ兄だ……バレたか。イスカと入れ替わってたの」

 ヒワは画面に表示された『兄』の文字を見つめて、いつまでも鳴り続けるスマホを止めるために電話に出た。

「あー、タカ兄?ごめんね」
『バカかよ。接待はお前の仕事だろ。何してんだよ』
「……今まで気づかなかったくせに、なに偉そうに」
『あ?』
「俺たちの事なんて、なんとも考えてないでしょ。学校行かせて、生きさせて、自分の店で働かせて『管理』だけはしてます!みたいな顔してさ」
『……は?』
「……うそ。ごめんなさい。どうしても用事があったけど、タカ兄は俺の都合なんて聞いてくれないって分かってたから、イスカにお願いしたの」
『へえ。風間ママは珍しくイスカが来て、ご機嫌そうだったから困りゃしねえけど。許可はする、しないにしても、ひと言言えよ』
「う、ご、ごめ……」

 ヒワは心のモヤモヤのままに兄に八つ当たりのような口を聞いてしまった事を謝ろうとしたが、通話はピシャリと切られた。
 イスカもきっと、怒られただろうと思うと、ヒワは眉を寄せてキツく目を閉じた。
 心の中で『ごめんね』と何度も繰り返す。
 告白は失敗し、兄を怒らせた。

「……俺、タカ兄の言う通りバカだ……」
「バカじゃないだろ。ヒワ」

 ヒワが苦しそうに吐き出した言葉を否定する、アオイの声がヒワの背中を優しく押した。

「……?!」

 ヒワは音が聞こえそうなほどの勢いで声の方へ振り返った。
 いつ、戻ってきたのだろうか。
 アオイが立っていた。困ったように眉尻を下げ、手に持つコンビニのビニール袋が小さく音を立てた。

「ご飯、コンビニだけど」
「……??」

 ヒワは眉根を寄せ、アオイが戻ってきたことに未だに困惑している様子だ。
 
「……あのね、ヒワ。俺、可愛いものが好きだよ」
「……し、知ってるよ。ヒヨコちゃんでしょ?」
「そう、ヒワに似てる」

 ヒワは曖昧に頷きながらも、アオイの話が見えずに微かに首を傾げた。
 怪訝な眼差しを受け、アオイは目を細めた。

「俺、ヒワの笑顔とか可愛くて『好き』だよ。でも、ヒヨコちゃんと付き合いたいとか、ないだろ?」
「……うん」
「ヒワは、俺にいつもキラキラした笑顔をくれる。中身も、明るくて、この子はそういう子なんだって、ずっと思ってた。人当たりが良くて、いつもニコニコしてて、みんなの気分を良くするタイプ」

 アオイは思い出すように優しく笑みを向けた。
 ヒワは、ただ頷いた。そうやって日々を生きてきた。みんなに可愛がられて、たくさん愛想を振りまいて、それが良いと思って。

「さっき、ヒワがすごく追い詰められたような顔をした。泣きそうに唇を震わせてた。少し、怒ったみたいに俺を見た」

 アオイは少し歩いて、カウンター越しにヒワに手を伸ばした。指先がヒワの頬に触れ、ヒワはビクッと目を瞑った。

「初めて見たよ。……すごく、魅力的だった」

 アオイの指先が唇に触れ、ヒワは驚いて閉じた目を開いた。
 じぃっと自分を見つめるアオイの視線とぶつかり、目を見開いたまま固まる。
 
「『好きだ。付き合って』なんて、言えないけど、笑ってばかりいるヒワ以外も、知りたいよ。ヒワのことは好きだけど、そういう意味では考えたことがなかったから……少しだけ、距離を縮めるのは、ダメ?」
「だっ、ダメじゃない!」
「待って!ヒワ、ちゃんと分かって?告白を受けたけど、俺はOKした訳じゃないよ。同性と付き合うとか考えたことがなかったし、ちゃんと考えたいってこと」
「うん、うん!」
「ヒワ……ねぇ、だから、そんな喜ばないでほし」
「アオイくん好き!!!」

 ヒワは困ったようなアオイの言葉を遮り、カウンターに飛び乗ると、そこに座り、我慢できないと言うようにアオイに抱き着いた。
 カッコ良く、なんていられない。
 ヒワはポロポロと涙をこぼしながらアオイを抱き締めた。
 アオイは、ヒワの年相応の反応に、自然とその背中を抱きしめ返していた。
 笑顔のいい子ぶったヒワではなく、必死に自分の欲しいものに手を伸ばす姿が、いつも以上に可愛らしく思えた。

「俺は、いろいろ考えちゃうタイプだから、すぐに答えを出せない。付き合うなら、真剣に『恋人』になるわけだし、両親に話す時の攻略を練りたいし、これから離れ離れになった時を考えると対策を立てたい。全部、分かってからじゃないと……」
「もー、真面目!」

 ヒワは泣き顔で笑いながら、アオイを見上げて眉尻を下げた。


 




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