「「ごめんなさい」」

 開店前のホストクラブの事務所。ソファの上に正座して俯く双子は同じ調子で兄に頭を下げた。
 ヒワにとっての決戦の日から2日。
 ヒワは金髪、イスカは赤髪に染め直し、いつも通りに戻ったものの、兄はまだ少し怒っている様子だった。
 ふたりは、兄が忙しいと分かっていながら、ちゃんと話す事を決めて呼び出した。
 だが、兄は絶対支配者のような出立ちで、腕を組んでふたりを見下ろしている。話を無言で聞くだけ。頷きもしない。
 生まれて、気がついた頃には親は無く、兄にずっと厳しく見守られてきたふたりは、兄になかなか逆らえない。
 それでもヒワは小さく息を吸い込み、立ち向かうように顔を上げた。

「タカ兄。あのね、どうしても、あの日にアオイくんとふたりになりたかったの」
「あ?アオイ?」
「俺、アオイくんが好きだから、告白した」

 一瞬、兄が驚いたようにヒワを見つめた。
 ヒワは、言葉を発しない兄の反応に少しの恐怖を感じて膝に置いた拳を握りしめた。
 否定されるかもしれない。職場恋愛を怒られるかも。
 そんな反応を予測して、微かに震える。だが、ヒワは視線を逸らさずに兄を見つめた。
 そんなヒワを横目に、イスカは口を挟めずに、ただ上手くこの場が収まって欲しいと、心の中で願っていた。
 息がし辛くなるほど緊張しているふたりに、兄の大きなため息がやたら存在感を持って聞こえた。

「で?」
「……え?」
「付き合うの?お前ら」

 兄は腕を組んだまま、そう聞いた。

「……ま、まだ……アオイくん、真面目だから……ちゃんと考えさせて欲しいって……」

 ヒワはそう答えながらも、微かに頬を赤くして口元が微かに緩んだ。
 それを聞いていたイスカも、少し心がふわりとする。同性が好きと、隠してきた自分たちの兄弟の良い一歩だと感じていたからだ。
 兄は組んでいた腕を下ろして、襟足を掻きながら再びため息を吐き出した。

「ヒワはゲイなのか?知らんかった。……オイ、男遊びしてねぇよな?この界隈、危ねぇ目に遭うかも分かんねぇから」

 兄の言葉は、決してヒワを否定した物ではなかった。
 ヒワの身を案じている言葉。
 兄の言葉にヒワは大きく、何度も頷いた。

「アオイが相手なら、まぁ……大丈夫なんか」
「まだエッチしたことないよ!アオイくんとはしたいし……想像とかするけど……!まだ!」
「いや、聞いてねぇし。聞きたくもねぇわ」
 
 突然の告白に、イスカが耐えきれずに笑う一方で、兄は呆れた顔で取り出したタバコに火をつけた。

「嘘ついたりするのはナシだ。分かったな」
「「はい」」
「俺に迷惑が掛かりそうな案件に関しては必ず相談してからにしろ」
「「はい」」
「ったく、返事ばっかいいよな。お前ら」

 兄は眉根を寄せて不機嫌そうに紫煙を吐き出しながら、話は終わりだと言うように事務所から出て行った。
 兄の姿が完全に消えて、数秒。
 ヒワとイスカはお互いを見て、小さく頷き合った。

「付き合うのに反対じゃないよね?」
「うん。そんな感じだ」
「はぁああ……タカ兄は絶対反対かと思ったから、チョーびびってた……手汗やばい!」

 ヒワはぎゅっと目を閉じてハラハラした!と汗ばむ手を揺らしてみせた。
 イスカは、くすっと笑ってヒワの頭をポンと撫でた。

「ヒワはやっぱすごい。俺は絶対言えなかったと思う……」
「イスカが一緒に怒られてくれたから、言えたんだよ」
「マジ?少しは役に立てたかな」
「イスカ、少しじゃない。いつも、いつも話聞いてくれたり、背中押してくれたり……ありがとう!」

 ヒワは改めてイスカを見つめて感謝しながら、がばっと抱きついた。
 兄弟だからこそ、お互いをよく分かるし支えたい。ただ、恋愛に関しては何も役に立てない……そんな気持ちでいたイスカは、ヒワの言葉にホッと肩の力を抜いた。

「まだ、終わってないよ?アオイさんの返事聞かないとね」
「うー……それな!……吐きそう」
「大丈夫。アオイさんは絶対ヒワのこと大好きだよ」
「ありがとーーー!イスカ好き!……早く、イスカにも好きな人が出来たらいいな。すぐに教えてね。俺、応援するから」

 明るい声が耳元をくすぐり、イスカはドキッと心臓が跳ねるのを感じた。
 『好きな人が出来たら教えて』
 その言葉がイスカの胸をぎゅっと締め付けた。
 好きな人はいる。だが、ヒワのように純粋で美しい片想いではない。
 言えない。
 だから、好きな人はいないことにしている。
 イスカは優しい双子の片割れにも言えない恋を胸の奥へしまって、ぎゅっとヒワの背中を抱いた。

「ありがとう、ヒワ……いつか、そんな人が現れたらいいなぁ……」

 イスカの不安そうな言い方に、ヒワは笑った。

「現れるに決まってるじゃん!」

 イスカは頷きながらも、上手く笑えていないような気がして唇を引き結んだ。







ーーー後日。

 アオイは高級な箱入りウィスキーを手に、ヒワの兄、タカオに挨拶にやってきた。
 勤め先で顔を合わせるアオイが、かしこまって頭を下げに来た事に、タカオは爆笑して酒を受け取った。

「ヒワを捨てたらぶっ殺す」

 そう、笑いながら言ったタカオの目は、既にアオイを捉えて離さない猛禽類のような睨みだった。
 タカオに笑顔で睨まれ、愛想笑いしか出来ないアオイの腕にヒワが抱きついた。
 ふわりと揺れる金髪に、アオイの気持ちもすこしばかり和らぐ。

「ね、タカ兄はオッケーって言ったでしょ?これから堂々と好きって言うよ?いいよね?」

 わざわざ確認するようにアオイを微かに見上げて、可愛らしく許可を求められれば、アオイは眉尻を下げて頷くしか出来ない。
 兄、タカオは嬉しさを隠せない可愛いヒワに、くすっと笑った。

「アオイくん、好き!」
「俺もだよ。これからよろしくね、ヒワ」

 ほんのりと頬を染め、これ以上にないほどの笑顔がヒワから溢れた。



end.



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