19






「それでだ、そいつの事を調べてほしい。っつぅ事ともう一つ。俺は明日から一週間、塩田と上海に行かねえといけなくなった」
「上海?!」
「上海にいる俺の幹部がトラブってな……ちょっと。五十嵐真司の件も、すぐに助けてやれなくなるから、気をつけろって事だ。新堂んとこは跡目問題がまだ揉めてるし、首は突っ込むなよ」

 そんなガキじゃないし、と拗ねる想に若林は笑いながら席を立つ。

「暇つぶしくらいに調べる程度にしとけ。俺たちがいるんだから、お前は無理すんな。けどな、想は俺の息子同然だし、新堂の連れだし、仲間に入ってくれると助かるよ。いないと困るからな」
「この人、想くんの事ばっかだよ。毎日」

 呆れたように笑った塩田が伝票を持ち、想の頭をポンポンと叩いて若林の後に続いた。
 ふたりの大きな背中を見送って、想も席を立った。







 想がコンビニでお菓子を買って新堂のマンションに戻ると、エントランスに新堂の姿を見つけて走った。コンビニを出たのが8時過ぎていたことを思い出して、意外と早い帰宅に驚いていた。
 想がエントランスに入ると、新堂の横に柴谷玄の息子が居ることに気が付いて足を止めて頭を下げる。
 想に気づいた凌雅も頭を下げた。

「想、今頃来たのか」

 少し呆れた様子で微笑む新堂に慌ててコンビニの袋を掲げて見せた。

「違います。若林さんに呼ばれて……その帰りです」
「若林か、あいつも暇だな」

 親しげに連れ立ってエレベーターの前に来ると、凌雅が二人を見送って帰って行く。
 凌雅は初めて有沢想を目の当たりにしたが、残酷で容赦ない責問役とは思えない若者だった。まだ少し幼さがあり、童顔なのか高校生に見えなくもない。スーツは安そうだが、均整の取れた体つきに凛とした声、整った顔立ちは間違いなく女に好かれると思った。
 ただ、瞳は暗く影が濃い。
 そこが有沢想が責問役だと納得させられる要素だった。
 人を観察するのが得意な凌雅のような人間は相手を探るように見てしまう。
 有沢想はただ脅して吐かせるだけではない。「全て」吐かせて始末する。必要ならば権力者の前で痛ぶり殺すのだ。
 一度だけそう言った趣向の催し物に招待され、海外で観たことがあった凌雅は振り払うように深く息を吸い込んで運転手が開けたドアをくぐった。









 部屋の前の男たちは新堂が居るときはかなりかしこまって頭を下げた。
 新堂が労りの言葉をかけても部屋にはいるまで下がった頭は上がらない。
 改めて新堂が組織の上位なのだと、想は実感した。

「知ってましたか?若林さん上海に行くって……」
「ああ。なんか言ってたな」
「仲良し……」

 部屋に入ってスーツを脱いだ新堂が笑う。想に触れるキスをしてネクタイを指差す。想が分かりかねた視線を向けると、想の手を取って首元に誘導される。
 それで分かった想が楽しむようにネクタイを外した。

「来てなかったら、押し掛けて抱き潰してやろうと思っていた」
「あ、あんまりこう……好きだとか言われたり言わされたり……恥ずかしいのはちょっと……」
「なんだ、恥ずかしいのか」
「だけど……」

 可笑しそうに笑う新堂に、ありがとう、と告げた。それは多くの意味でのお礼だった。生きるのも面倒だと思っていたのに彼の一言で身体は熱くなり胸が温かくなるし、彼の行動に涙が止まらなくなる。
 想の母を殺害した男を見つけ出したのは新堂だと聞いた。警察の情報も新堂にとっては図書館だと若林がいっていたが、もちろん正規に手にはいるわけではない。どんな手を使っているのか想には想像も出来ないが、消えた男を二人で探し出すのは大変な事だと思った。
 現に、想も鬼島組の連中を相手にするときは瀕死の相手に「有沢製薬社長事故死」についてを詰めたりしていた。誰も知る者はいなかったことから、本当にごく一部の人間によるもので、そのうち五人はすでに若林と新堂によって始末された。あとどの位真実に繋がる人間がいるのか分からないが、五十嵐真司は最も有力な人物だろう。
 俯いてネクタイを丸めながら考えていた想の顎を新堂の手が捉える。少し上を向かされると機嫌の良さそうな新堂と視線が絡む。ほんの数秒見つめて、想はなんとなく唇を重ねた。

「なんか良いことでも?」
「今まで我慢した甲斐があった気がするよ」

 新堂が想の腰を掴んで首元に顔を埋めると軽く吸われて想は目を閉じた。直後に空腹を知らせる腹の音が間抜けに響いて想は両手で羞恥から熱くなった顔を覆った。耐えたような新堂の笑いに、『ごめんなさい……』と呟いた。

「連絡しなくて悪かった。飯まだなのか?なんでも食っていいのに」
「さっきお菓子買ってきたんで、食べて待ってようかと思って……」
「俺は余所の組のじじいと話があって済ませて来たんだ。なんか作ってやろうか」

 ばしっと背中を叩かれて恥ずかしさも引かぬままキッチンへ一緒に入ると新堂が腕捲りして冷蔵庫を開けた。続いて生米が入った炊飯器を見て、想に視線を移す。

「想、米も炊けないのか」

 申し訳無さそうに頷く想に新堂は呆れた。土鍋で炊けと言うわけでもないのに、と言う言葉は心に秘めて、冷凍うどんで焼きうどんを作ると想は美味しそうに平らげた。

「今度炊飯器くらい使えるように教えてやるよ」

 微かに笑った新堂の顔を見て、想は温かい気持ちで頷いた。








text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -