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「失礼しまぁー……す」

 午後になってから準備を始めた想は夕方頃に新堂のマンションに着いた。合い鍵は元から渡されていたため、特に入ることに違和感も珍しさもないが、新堂の言葉通り部屋の前には男が二人、ロビーにもそれらしき男が二人いたことを思い出した。軽く頭を下げると肩を掴まれて反撃に出ようとした身体を気持ちで制御し、想は相手を見た。

「おい、名前は」
「……有沢です」

 答えると肩の手が離れて男が道を空けた。ピリピリした雰囲気から、この跡目問題が拗れているというのは本当の様で想は新堂の事が気になった。疲れているようだし、酒も飲んでいるし、昨日は寝ていない。どうしてこのタイミングであんな告白のようなことをしたのか、分かりかねていた。加えて、受け入れてしまう自分もつくづく理解不能だった。部屋の前の男たちは自分をどのような位置付けで見ているのかも、想は気になった。

「お邪魔します……」

 荷物は衣類しか無かったため少ないが、時々来ていた部屋とはいえ違うように感じて戸惑っていた。新堂は忙しいから遅いだろうと考えた想は夕食の用意でも出来たらいいと思って冷蔵庫を開けた。料理などした事がない想は、食材しか入っていない冷蔵庫に息を飲んだ。ちょっと手を加えれば、などという甘い考えは消え、白米の炊き方すら分からない自分にがっかりした。

「一合ってどのくらい……スマホで調べたらあいかな……炊飯スイッチだけ押せばいいのかな……」

 携帯電話で調べようかどうか少し考えた後、怖くなって結局料理は諦めてダイニングのソファに座ると、テレビを付けた。ニュースを見ながら携帯を取り出す。特に新着のメッセージ類はないが、想は自分から新堂に連絡をしてもいいものか悩んでいた。今まで付き合ったことなど一度もない。どのくらい親しくしていいものか、今までと違うものは何なのか考える。
 携帯電話を睨みつけていると、いきなり着信があり飛び上がった。

「っ有沢です!……あ、若林さん……あ!ごめん……今、新堂さんの所なんだけど……うん。わかった、すぐ行く」

 用があり、想の所有する部屋に行ったが居る様子がない、どこか行っているのか?と訪ねられた想は簡潔に答えて近くのファミレスで待ち合わせをした。
 こんな状況で新堂の自宅を訪れる訳にはいかない若林の為にスーツの上着を羽織ってキーと財布だけ持つと慌てて外に出る。入り口の若い男に頭を下げると駆け足でマンションを出た。







「なぁ、あれが有沢想?思ったより普通だねぇ。俺のが強そう」
「お前は顔が怖ぇよ」

 坊主頭にトライバルの剃り込みを入れた目つきの悪い男が想の後ろ姿を見ながら言うと、もう一人のメガネのスタジャン男が笑った。

「岡崎組なんだろ?目障りだな」
「正式な組員じゃねぇらしいよ。新堂社長も手を出すなんて変わってるよねぇ。イケメンだし、男らしい男じゃん、アレ」

 バタフライナイフを器用にいじりながらトライバル頭は舌打ちをした。







「想!お前が休みに部屋にいねえなんて珍しいな」

 想がファミレスに着いた十分後、若林が塩田と共にやってきた。厳つい男が二人でやってきた様に想が引き気味でいると、塩田が軽く手を上げた。いつもオフィスの受付で交わす挨拶だった。

「こんばんは、何か注文しますか?」

 想が向かいに座った二人にメニューを差し出すと、若林はコーヒー、塩田はイチゴパフェを頼んだ。

「塩田、お前相変わらず甘党だな」
「娘と来たときに旨かったんで」

 笑ってしまいそうなのを耐えながら想が用件を促すと若林が咳払いしてから抑え気味に話し出す。

「あれか、新堂んとこに住むのか?」
「……反対?」
「いいや、想が選べばいい。うまくいってんだな。よかった」

 何故若林が知っているのか、少し疑問に思うが、もしかしたら新堂から聞いたのかもしれないと思って納得し、今度は想から話す。

「そんな話?電話じゃだめなんだろ?」

 店員が注文の品を持ってきて、塩田が満足そうにパフェを食べる横で若林が真剣な顔で一枚の写真を想に見せる。

「こいつ、調べられるか?」

 写真の中には自分くらいの年頃のホスト風な男が写っていた。詳しく聞くために想が若林を見て話を促す。

「この写真は五年前のもんだ。鬼島組、五十嵐真司。今は31歳。市内に住んでいるらしいが、それ以上の情報がねぇ。……そいつが姉貴を……ハメた……」

 若林の拳が音が聞こえそうな程の強さで握られる。想も言葉を無くしてただ写真の男を見つめた。この男が組から大金を盗み出し、母を殺害し、家族を奪った元凶だと思うと指先か冷えていく。

「どうやって見つけたの?」

 写真をテーブルに伏せて想が怒りを抑えた声で聞くと若林が頷いた。

「新堂と俺がある人の指示と支援で時間を作っちゃコレに力を注いでいた。今まで言わなくて悪かった。想が……復讐心にかれちまうと思って。でも今なら、もう冷静に対応できると思ってな」

 想を心配し、いつも支えてくれる若林の気持ちを十分理解している想は写真を財布に閉まった。

「ぶっちゃけ、俺が自暴自棄になりそうだからこの話持ってきたんじゃない?」

 微かに笑って想が若林の足をテーブルの下で蹴る。若林は襟足を掻きながらどもっていると、塩田がパフェを食べ終えて頷いた。

「カシラはどんな手を使っても想君を守りたいんだ。分かってやってくれるだろう?大切な家族だ」

 塩田の言葉に想が小さく頷く。確かに家族だ。想にとっては唯一幼い頃から仲良くしていた叔父であり、親友だった。







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