バレンタイン!







 新堂漣と有沢想のバレンタイン。




 新堂は静かに帰宅した。
 玄関には同居犬が尻尾を振って待っていた。
 犬の頭を撫でながら、靴を、コートを脱ぐ。
 手元の紙袋には、愛する彼の好きなシャンパン。バレンタインの甘いお菓子にも抜群に合うものをチョイスしていた。
 喜ぶ姿が容易に想像できて、口元が緩む。
 ふと、リビングに足を踏み入れて立ち止まった。
 キッチンには眉を寄せて、小さな箱を睨む恋人の姿。
 バレンタインのチョコレートにしか見えないそれを両手で掴み、殺しそうな目で睨み付けていた。
 『可愛い顔が勇ましいな』と新堂は眉尻を下げて、何を考え込んでいるのか大体察しがついて声をかけた。

「想。ただいま」

 飛び上がりそうなほど驚いた様子の後、可愛い小箱を背後に隠す想は、頬を赤くして不自然なほど頷いた。

「お、おかえりなさい!」
「バレンタインにシャンパンでもどうだ?」
「……バレンタインに、シャンパン……」

 想は紙袋から取り出されたボトルを見つめた。
 大人っぽい。想は言葉に出来ずに、手の中のチョコレートの箱を持つ指先に力がこもった。
 島津は彼女からのチョコレートに、普段見せないような優しい笑顔でそれを受け取っていた。
 想もそんな風に新堂に喜んで欲しいと思い、照れる気持ちに蓋をして、チョコレートを購入した。
 新堂はお酒が好きだ。だからせめてと、ナッツ入りチョコレートを用意した。
 だが、スマートにシャンパンを贈る新堂。
 女の子でもないのに、そわそわして恋人を待っている自分とは違う……そう考えて、想は固まった。

「これに、ナッツかフルーツのチョコでもあったら最高なんだけどな」

 新堂はスーツを脱いでワイシャツの袖を捲り、シャンパングラスを取り出して曇りを確認しながら呟いた。
 チラリと視線を想を向けると、唇を引き結んで新堂を見つめる大きな黒い眼差しと交わった。
 想は、ふっと視線を逸らして、俯き気味に背後に隠したチョコレートの箱を差し出した。

「……チョコ、あるよ」

 新堂は、ふふっと笑ってシャンパンを開けた。

「嬉しいな」

 ボトルからグラスへ、優雅に注がれる液体と泡立つ音。
 想はシャンパンの香りを感じながら新堂の隣へ移動して、身を寄せた。

「ハッピーバレンタイン」








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