ホワイトデー!





 ホワイトデーの朝。
 想は仕事を終え、日を跨いで夜中に帰宅したため、8時を過ぎた今頃、コーヒーの香りにうっすらと目を開けた。

「……朝の、匂いする……」

 いつもの幸せな香りに、想は枕に顔を擦り付けてから起き上がった。
 寝癖が盛大に暴れまわる髪を揺らしながら、ベッドから抜け出す。
 ボクサーパンツにTシャツ一枚の姿で、寝室の隣のリビングに足を入れると、キッチンに立つ恋人、新堂漣の姿が目に入った。
 想の存在に気がついた新堂は、そちらに視線を向けてから微かに目元を細めた。

「おはよう。朝飯食うか?」
「うん、おはよ。漣は食べた?」
「済ませた」
「いつもありがとう」

 キッチンに立ったままの新堂は普段のスーツと違って青いニットが爽やかだ。そんな彼から笑みを向けられた想は、嬉しそうに笑顔を返す。

「顔洗って、着替えてくるね」

 穏やかな朝と、変わらない毎日に心底ホッとしてしまう。
 想は血の匂いや皮膚に刺さるアイスピックやナイフの先端の感触、叫び声やすすり泣き、骨の砕ける音が思い出せなくなるくらい、こんな毎日が続いて欲しいと心から思っていた。
 彼の安全を感じ、そばにいて、抱き合って名前を呼んでもらえるだけで、安心できる。
 そんな風に考えていた想は、急に温もりを恋しく思い、素早く着替えを済ませて再びキッチンへ戻った。
 すると、新堂の手にはヘラとボウルが。クリームチーズを混ぜていた。

「漣、何か作るの?」
「チーズケーキかな。動画を見ながら」
「ケーキ作るの?!」

 料理が得意とは言えない想は、驚きの声を上げながら新堂の背中に抱きついた。
 作業の邪魔になると思いながらも、顔をその背中に擦り付ける。

「ふふ、どうした?」 
「漣はなんでも出来ちゃうなって思って」
「全部、説明してくれる。想にも出来るよ」「……俺、大雑把だもん」

 そんなに興味がなさそうな様子の想の声音に、新堂は口元に微かな笑みを浮かべた。

「混ぜて冷やすだけだ。一緒に作って後で食べないか?」
「ホント?早く食べたい!」

 ホワイトデーなど、頭の端にもないであろう想の様子に思わず小さく声を立てて笑った新堂。
 想はなぜ笑ったのか分からずに、それでも好きな雰囲気の彼の肩に頬を寄せて甘えるように目を閉じた。

「俺は応援する役にします。離れたくなくなっちゃいました」
「甘え上手だな。想は」
「ケーキ楽しみ。……でも、なんで突然?」

 背中に甘える想の疑問を適当に流しながら、新堂はふっと瞼を閉じた。
 退屈で穏やかな毎日が幸せだと感じる。そんな繰り返しの中に、ほんの少しだけいつもと違うことをしてみるのもいいだろうと考えながら、材料を混ぜたボウルを置いた。

「あとは型に入れて冷やすだけだ」

 そう言うと、背中の方へ振り返り、新堂は想の頬に触れた。
 微かにレモンの香りが残る新堂の手がいつもと違い、想は胸がきゅっと甘く震える。そのまま、誘われるように目を閉じた。







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