13
懐かしい記憶が、仁介の目を覚まさせた。
*
仁介は高級ホテルの一室で立ち尽くしていた。
乱れたセーラー服姿で、握り締めた拳は血に濡れている。
彼の足元には二村と五藤が転がり、動かない。
那須川から奪った金と機材を持ってきた男は、仁介の暴力を目の当たりにして、既に逃げ去っていた。
「……クソが……」
二村を蹴り飛ばし、仁介は設置されていたカメラに手を置いた。顔を近づけ、睨みつける。
「オイ、聞いてるか?俺はこんなクソ動画がどんだけ流れようが気にもしねぇから。それよか、心配するな。ヘーキだから」
三脚に乗っているカメラに向かってそう言うと、仁介の回し蹴りを最後に映像が途切れた。
床で伸びている二村と五藤の衣類を全て脱がせた。
仁介は怒りで手を出しそうになるのを何度も堪え、ふたりを全裸にすると床で抱き合うように重ねた。どっちが上か、仁介は軽い二村を上に乗せると、携帯電話で写真を何枚も撮った。
顔や、性器も丸写りの写真を見つめて、仁介は仄暗い瞳を生身のふたりへ向けた。
「秋日はなぁ……優しくお前らから離れてやったんだ。それなのに、裏切って、嘘吐いて……クソクズが!!ラリってたって聞こえてたぞ!!」
『くそっ!』と仁介はポツリと落ちた涙に、泣いてる事を自覚した。
なんの感情もないような人間だと思っていたが、人のために涙が出た事に心が震えた。
彼が大事だ。好き。守りたいもの。
那須川は何にも冷めていて、他人に好き放題犯された仁介を見て、汚いと思ったかもしれない。仁介は彼の顔が嫌悪に変わることが怖かった。
「秋日……!!」
好きな人の名前を呼ぶと、涙が溢れた。仁介のために金もフェイクIDの全ても差し出した。
面倒臭そうに、でも嫌がらずに自分に接する那須川の顔が甦る。
『じんの方が大事だよ』と、時々止まる優しい声が、電話のスピーカー越しに自分に向けられた記憶が甦る。
五藤に犯されながら聞いた那須川の声は、泣いていた。
「許せねえ……けど……」
仁介は二村から剥ぎ取った衣類を着込んだ。
「秋日のとこに……帰んねぇと」
ごし……と目元を擦り、仁介は携帯電話のアプリで二村と五藤と写真を共有した。いつでもばら撒けるぞ……と言う権勢の意を込めて。
それから、那須川の金が入った重たいキャリーバッグとフェイクIDの道具をしっかりと持つ。
「……殺してやろうかと思ったけど、秋日はそんな事望まないヘタレだからな。運が良かったなぁ、クソども」
誰も聞いていない静かな部屋に、低く唸るように声を残して仁介はホテルのスイートルームからゆっくりと姿を消した。
*
「秋日……帰ったぞ」
仁介はオートロックのエントランスを抜けて那須川の部屋へ戻ってきた。鍵が閉まっていて、部屋に入れない。中にはいないのかと思ったが、メッセージが届いた。
『もう来なくていい。お金はあげる』
仁介はそのメッセージに、『早く開けろ』と返したが、未読だ。電話も無視され、今はドアの前で声をかけ、ただ待つ。
途中隣の住人が不審そうに仁介を見たが、『喧嘩しちゃって……』と言うと、面倒くさそうに納得した様子で去った。
ドアに背中を預けて座り込み、仁介はひたすら那須川に電話をかけ続けた。
「……出ろよ、クソ。秋日がいなきゃ俺、もう無理だっつーんだよ……」
仁介は『好き』だと自覚して、涙がすぐに出てくる事に苛立った。あんなに肌を合わせて、キスをしたのに、それを遥かに超える熱さが胸のあたりに燻る。
「秋日、好きになっちまったんだから……責任とりやがれ……」
人を好きにさせておいて、突然関係を辞めるなんて。
「…………」
仁介は丸めた膝に顔を押し付けた。
こんな気持ちを知るくらいなら、クズらしく扱ってくれれば良かった。大切なものを差し出したりせず、自分を切り捨ててくれたら良かった。
那須川の中途半端な優しさに、怒りが沸々と込み上げて来た。
スッと立ち上がり、ドアに顔を近づけて声を張り上げた。
「秋日ぁ!!……開けねぇと騒いで暴れんぞ!!」
仁介のドスを聞かせた大声に、那須川は慌ててドアを開いた。
「じん!!それはダメ!!」
大慌てで飛び出して来た那須川に、仁介は抱き着いた。
「分かってるよ!本当にそんな事するわけねぇだろ。お前が開けねぇから……このヘタレ野郎。……ただいま」
那須川に抱き着いて言った『ただいま』は、声が震えて囁きのように消えた。
「……お、おかえり……じん」
仁介のいつもと違う様子に、那須川の声もつられて震えた。腕の中の仁介は、静かに動かず那須川を抱き締めている。
「……じん、ごめんね……俺のせいで……あ、あんな事……」
「バカか?やめろ。あれくらいでメソメソするほどキレイでも可愛くもねぇから。……謝るくらいなら、お前が俺を抱けよ」
仁介は那須川が勃たないと分かっていたが、身体の底から、心の奥から那須川とのセックスを望んだ。
少し身体を離し、那須川の胸に手を置いて仁介は顔を上げた。
整えられたキツそうな眉が不安気に下がり、微かに潤む瞳が那須川を見つめる。
「秋日、好きだよ。……もう、終わり……?」
那須川は初めて見る仁介の泣き顔に、胸がぎゅっと痛んだ。
「僕は、じんが好き。こんなに怒ったのも、泣いたのも……初めて……だし。でも、弱いし……ちんこ勃たないし……」
「那須川秋日は弱いんじゃねぇ。すげぇ優しいだけだ」
『たしかにちんこは使えねぇけど』と微かな笑みが溢れた。
那須川は決して自分を否定しない目の前の存在に、無意識に手を伸ばした。涙で微かに濡れた頬に触れると、キリッとした仁介の目が那須川を見つめた。
「……秋日は俺が汚くねぇって言ってくれた……嘘でもな」
「嘘じゃないよ」
「マジ?……じゃあキス、して」
いつも上からの仁介に『して』とお願いされるのは不思議な感覚だった。
那須川は自然と、誘われるように唇を重ねていた。
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