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 那須川は息を切らせて指定された安ホテルのロビーへ入った。
 セルフサービルのフロントには誰もいなかった。

「……五藤、どういう事……?!いない、じゃないか!」

 電話越しに叫ぶ、那須川の声は動揺を隠しきれていない。

『置いといて。後輩が取りに行くからさ。ごめん、楽しみ始めちゃったわ。あー……めちゃくちゃ具合いいな。男ともヤったけど、ここまでイイケツは初めてかなぁ……ゥッ!出る……!!』

 弾む五藤の声に那須川は固まった。
 高性能マイクは五藤の声をちゃんと拾うが、周りの雑音までは聞こえない。それでも、彼が何をしているのかは察しがついた。
 那須川の腹の中を、得体の知れない何かが音を立てて暴れ出す。

「……っ!!!!じんに何してんだ?!!」

 自分のものとは思えない怒鳴り声に、那須川自身が驚いた。こんなに、怒ったのは初めてかも知れない。そう思うほどの声が出た。

『あははっ!那須川も怒るんだぁ?……ちょ、待って、今……スピーカーにするわ』

 ガザザッと音がした後、電話越しにあっち側の様子が流れ込んできた。

『じんちゃん?可愛いねぇ。おマンこどろっどろだねぇ?二村、中出しし過ぎじゃねぇ?』
『めちゃ良かった〜!!あははっ!』
『んん"〜〜!!しゅーか!!何もッ……渡すなぁ!!んっ、んぅ……!!!』
『あははっ、ちんちんから白いの出てるね。気持ち良いんだ?クスリでラリってる?』

 五藤の声と、くぐもった仁介の声。テンションの上がっている二村の笑い声が聞こえる。

「……うそ……じん……!五藤!やめっ……やめろ!!じん、じんの、方が……大事だよ!!」

 那須川は持ってきたバッグを落とした。
 五藤は那須川の動揺を感じ取り、笑いが止まらない様子だ。

『はは!うける!突然、俺たちと切れようとするからだよ!やったらやり返されるの。分かったか?パソコンに配信続けてるから、帰って楽しめよ!』

 プツーー……通話が終わった。それでも那須川は携帯電話を耳に当てたまま、立ち尽くしていた。
 そんな那須川の背中に、控えめな声がかけられた。

「あの……あんた、那須川秋日?五藤先輩から荷物を預かるように言われて来たんだけど……」
「……どこに、いる……五藤は!」

 ぼーっとしていた那須川だが、後藤の後輩らしき男だと認識して襟を掴むように飛びかかった。

「っわ……?!いや、居場所は後で教えるって言われてるんで……」
「俺も……っ連れて行け!」
「ッ、うるせぇ!!」

 那須川が縋るように男に捕まると、苛立ちを隠さずに相手は殴りつけた。
 避けることも、防御することも分からない那須川はその拳を顔面に受け、脳が揺れた。
 ーーあれ?痛い?痛い。頭が揺れる。
 あっという間に意識を失った那須川はその場に倒れた。

「うわっ!やべぇ!!」

 男は防犯カメラの存在を確認し、慌てて那須川の荷物を持つとその場から逃げ出した。







 訪れた他の客が那須川に気が付き、『大丈夫ですか?』と介抱されて、意識を取り戻した。

「救急車を呼びましょうか?!」
「や、だいじょぶ……です。……すみません」

 顔色を伺ってくるサラリーンにペコペコと頭を下げていると、殴られた頬の痛みに那須川の顔が歪んだ。
 それでも、なんとか仁介を助けたい一心で立ち上がり、頬を押さえてホテルから飛び出した。
 
「はぁっ、タ、タクシー捕まえ……ないと!動画、見て……ホテル、探す……!」

 早足を止めず、那須川は携帯電話でタクシーを呼んだ。
 五藤はホテルからの動画を配信し続けていると言った。それを頼りに、ネットの知り合いに助けてもらうしかない。
 那須川はそう決めて、やって来たタクシーに乗り込んだ。
 気を失っていたのは2、3分ほどだ。間に合うはず。
 
「……じんっ……!」

 ごめん。ごめん。那須川は心の中でひたすら謝り続けていた。顔の痛みもあり、ひたすらに涙が溢れ出る。壊れちゃった?と
 タクシーの運転手は心配そうに声をかけて来たが、那須川はひたすら『大丈夫です。ごめんなさい』と繰り返していた。







 自宅に戻った那須川は顔を冷やすことも忘れてパソコンに向かった。
 配信し続ける動画では、クスリから戻ってきたのだろうか。仁介が拳を振り上げていた。

「……じん……!!」

 被せられている黒髪のロングヘアは乱れ、精液で汚れた投げかけのセーラー服姿のまま、暴れ回っていた。
 二村の顔を何度も殴り、止めようとする五藤の腹へ足裏を減り込ませる。
 カメラの位置から仁介の顔を見ることは出来なかったが、怒っているのは明白だった。溢れ出る声は獣のように叫びを止めない。

『うがぁああ!!てめぇらぶっ飛ばす!!!』

 二村は動かなくなり、逃げようとする五藤へ飛びかかる仁介の後ろ姿に、那須川は震える手を握りしめた。

「……僕なんか……いらない、ね。じんは……強いよ……」

 那須川は暴れ回る仁介の動画を見つめたまま、ぽつりと呟いた。











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