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 空気が重い、と凌雅は扉の傍で立ったまま部屋の奥の方にあるベッドを見た。

「凌雅と漣か、どうした」
「柴谷さん、双龍会戸部が接触にきましたよ。恐らく薬の件です。貴方は部下の管理もできていない……とつつかれますよ。すぐにでも岩戸田を白城会トップに押すはずです。双龍会は影響力か強いですから」
「お前ならなんとかするだろうよ」

 会食の時間までの中で空いた時間に訪れたのは白城会会長、柴谷玄の邸宅だった。
 新堂がため息を吐いて柴谷玄が横になるベッド脇に膝をつく。黒で統一された広い一室に柴谷玄は籠もっていた。着流しに点滴、サイドテーブルには医薬品とノートパソコンが乗っている。傍にきた新堂を殆ど視力を失っている柴谷玄の瞳が映し出す。

「岩戸田はいかん。暴力に生きる極道は本来の極道だが、それだけじゃ家族を…白城を潰すことんなる。あいつには冷静さがないし使い分けられん。先代のためにも、白城を潰させたくはない」
「それは俺も同じです」
「ならやることは決まっとるだろ。何としてでも戸部を納得させろ。わざわざここに来た理由はそれだけか?なにか俺にしてほしいことでもあるんか」
「少し上からいかないと戸部はもっともっとと欲を出しますよ。ですが、俺が出しゃばって気を害するかもしれません」
「面倒なジジイだからなぁ…アレはどんなもんだ?あの、オヤジの孫。有沢想だったか、アレ使って青樹組に後ろ盾してもらったらどうだ。お前のお気に入りらしいじゃねえか。もう落としたか?」

 柴谷の言葉に新堂は目を細めて立ち上がると、薄手の毛布を綺麗にかけ直して点滴の残量を確認する。もう五分程で無くなるのを見て新しいものに替えた。

「彼は一般人です。仕事もしたくてしている訳ではないです。利用する気はないのでそんな言い方をされると柴谷さんでも俺は許せませんね」

 新堂の言い方は冗談を言うような明るいものだったが本心で、それは柴谷玄も分かった。微かに笑った柴谷玄は、入り口に待っている息子、凌雅に声を掛けた。

「凌雅、漣がどうするかよう見とけよ。手の数は多い方が勝機もある。お前にはこの道歩ませたくないが、なったときは漣が頼りになる。すげぇぞ。海外にまで色々と持ってる」

 凌雅が短く返事をすると、新堂は柴谷玄にまた来ることを告げて二人で部屋を出た。
 歩きながら凌雅は新堂の言葉を思い浮かべた。
 有沢は岡崎組が雇っていると言われている結構有名な責問役だ。見たことはないが名前くらいは知れていた。それが新堂のお気に入りで、落としたとはどういう事か。若い男だとの噂だったため凌雅は混乱していた。

「親父さんまだまだ元気そうで安心したか?」

 ふいに声を掛けられて慌てて顔を上げた凌雅は何度か頷いて見せた。まだはっきりと意識もあるし案外しぶとそうだと感じていた。

「新堂さん、さっきの…青樹組組長の孫って…」
「他言するなよ。ごく一部の人間しか知らないことだ。本人も若林がヤクザで祖父もその筋だって事くらいしか知らないから」

 凌雅は短く返事をして新堂の後を追った。
 柴谷邸宅の前に待っていた運転手がドアを開けて、二人が後部座席に座ると新堂は電話をかけ始める。凌雅は聞き耳を立てて新堂を見たが、微笑まれて目を逸らした。

「よお。久しぶりだな。ああ…情報の交換。双龍会の会長の。…わかった。いいさ。じゃあ」

 通話を終えた新堂が俯いていた凌雅の肩を叩く。

「頼めるか?」

 何を頼まれるかも分からない中、凌雅が興味津々で頷くと、新堂は名刺を取り出して裏側に何かを書くと凌雅に差し出した。受け取りながら首を傾げる凌雅に新堂は脚を組み直して再び通話を始める。名刺は双龍会戸部のもので、裏には数字の羅列。

「なんすかコレ…」
「世の中の大半が数字で管理されているだろ。それだ。途中S駅前で降ろすから売店前で英字新聞を持ったスーツの男に渡してくれ」

 それから運転手に行き先を告げた新堂は寝るから、と凌雅に任せてうたた寝を始めた。
 凌雅は困惑しながらも、自分に重要な仕事を貰えたようで少し興奮し、信用されていることが嬉しかった。凌雅には、新堂程の人間が何故か極道で、人の下で働いているのか分からない。そう強く感じる程
様々な人間との繋がりを隠し持っているし、頼られている。更に父、柴谷玄という気難しい人間と渡り合う新堂のような、それ以上の人間になりたいと思った。

「……よく見とけ……か。親父も難しい事言うよ」

 少しも理解出来ない新堂漣を分かる事が出来るのか。ため息が出そうな凌雅は、気持ちで負けるのは嫌だと、慌ててそれを吸い込んだ。







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