仁介は裏賭場での仕事を終えて那須川の自宅へ帰った。夜も開け始める午前4時。
 ふたりが口ばかりの契約を結んで、ひと月が経とうとしていた。
 裏路地でウリをしようとしていた仁介に『ガキだろ』とウリを止めたヤクザがいた。彼はこの辺りのヤクザの上の方の人間で、望むならまともな仕事と住処を考えてやると優しく言った。名刺と共に一週間は生きられそうな小遣いもくれた。
 仁介は自分のようなゴミに、そんな事を言う人間に驚いた。ヤクザだと分かっても、知識の薄い仁介はただ『カッコイイ!』と思った。
 親の言いなりだった幼い頃の自分に、『自分』を意識させたのもヤクザだった。

「岡崎組……組長」

 どうせ働くなら、チャンスをくれた人に恩を返したい。そう思い、必死に金を作る算段を立て始める。
 そして二村と五藤に目を付けられた。
 闇金に手を出していた両親を見てきて、ヤクザに黙って仕事をするのは利口ではない事も学んでいた。仁介は名刺を手に連絡を取った。

『金貸しがしたい。組長さんの役に立ちたい』

 そう伝えた。
 最初は相手にされなかったが、那須川と出会い『ちゃんとした』金を手にした。何度も食い下がって、彼の管理下の賭場で金貸しを許された。

「たでーまー」
 
 仁介はたまたま知り合った老人に居候させてもらっていたボロアパートから、那須川に誘われるままオートロックの高級マンションへ転がり込んでいた。
 別れ際に渡した相当な礼金に、老人はポカンとしたまま仁介を見送った。たくさんのみかんを持たせて。
 小さな声で帰宅を告げ、仁介は取り敢えずバスルームへ向かう。だが、リビングに明かりを見て先にそちらを覗いた。
 那須川はパソコンの前に突っ伏して寝ていた。

「どーしようもねぇな」

 仁介は静かにリビングへ入り、膝掛けを肩へ乗せた。
 自分がそうしてもらった時のふわっとした気持ちが甦り、微かに口元に笑みが浮かぶ。
 那須川との生活が始まり、仁介は分かった事が色々とあった。
 彼は不思議な間が空いて、のんびり話す。あまり目は合わせず、派手な見た目の割に内気だ。
 それから時々、かなりネガティブになり部屋に籠る事がある。何に対しても冷めている。特に食にこだわりがある訳でもなく、好きなブランドがある訳でも、趣味らしいものもない。大学生だが、通っているのも適当さがうかがえた。
 那須川は親から縁切りで貰った大金を元手に株や投資で何倍にも資産を増やしてだいぶ金を溜め込んでいると話した。

「シャワー、朝にするか……」

 寝ている那須川を起こしそうで、仁介はソファに転がる。テーブルを挟んだ向かいに眠る那須川を視界に捉え、仁介はその姿をぼんやりと眺めた。
 金貸しを始め、思った以上の利益が得られたが、那須川は一回の仕事につき10万でいいと言ってそれ以上は要求してこない。2000万を借りて、一晩で300万程の利益が出た。それでも、10万以上いらないと言う。
 仁介は那須川に返したいものが増えていくのを日々感じていた。
 親でさえ『この家にいるなら金をだせ』、『母さんね、お金なくて困ってるから、ちょっとこのオジサンのアソコしゃぶってあげて』、『養ってやってんだから、バイト代少しくらい父親に寄越したっていいだろ』と言う具合だ。
 母親はホストに貢ぎ過ぎて借金まみれ。仁介にウリをさせるほどだ。父親はギャンブル依存。常に競馬情報を聞きながらパチスロに通っては仁介のバイト代をくすねる。
 まともに育児されなかった仁介は学校でも馴染めずにいた。遠足に弁当はない。行事に顔を出すこともない。などなど、思い出せばキリがない……自分が異常だと気付いた頃、仁介は学校へ行かなくなった。
 両親がどうやって児童相談所から逃げていたのか、仁介には知る由もない。ただ、少しの金を親から盗んで家出した。
 そして今、人生で一番綺麗な部屋に暮らし、いい服を着て、腹いっぱい好きなものを食べられている。
 仁介は、両親から金を取る闇金連中は羽振りが良さそうで、最初は同じようにやってやるつもりだった。だが、裕福なら、返せるあてもあるだろうし、家庭があっても子供に払わせたりしない。そう思って、余裕のある人間相手に金貸しをすることを決めた。
 それを那須川に話すと、『じんはイイコだね』と褒めた。無関心で無気力な那須川が微かに笑う顔が、仁介は好きだった。

「……幸せだ」

 仁介は生まれて初めて自分を気にかけてくれる那須川と言う男を『欲しい』と思い始めた。自分には何も無い事ばかりが悔やまれる。
 無気力で無関心で俯き気味な彼の顔を上げさせたい。また『イイコだ』と笑って欲しい。
 そう思いながら眠気に逆らえず、毛布に包まって目を閉じた。



 




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