那須川は仁介と口ばかりの契約を済ませ、家に来るように勧めた。
 仁介は家なき子だった。連絡先を聞くと、携帯電話を持っていない上に、住む場所も持っていなかった。
 東北の方から家出をして来たと言う仁介は、本当に金はなく、この半月はその日暮らしをしていると話した。
 二村と五藤に目をつけられたくらいには金に困っていたのも納得だ。そして家出は最高のオプション。身元が割れにくいため引っ掛けられたのだ。

「どこで寝泊まりしてた……の?まさか野宿……とか?」
「野宿の日もあった。金が入ればカラオケのフリータイムで寝たり……ホテルににそのまま寝かせてくれるいい人がいたらそれで寝た」
「……は?」
「ウリだよ。分かんだろ?どーしても必要な時だけな」

 那須川は、一見不良のような仁介からの想像できない言葉に驚いた。盗みや恐喝なら納得出来たと言えば失礼だが、まさか身体を売っていたとは。

「……美人なお姉さんに優しく甘えたりするんだ……想像出来ない……ね」
「いや、オッサン相手だし。あ……アンタもそのつもり?ならここに泊めてくれよ。好きなプレイしていいよ。マジ、しゃぶるの褒められるからさ。舌ピ、気持ちイィらしーぜ」

 仁介はペロリと唇を舐めてから舌を伸ばして見せた。舌先に埋まる銀のピアスがチラつき、那須川は言葉に詰まった。

「……?そーゆーつもりじゃねーの?」
「……僕は全くそのつもりないけど……話したかったから呼んだ……だけ。場所がないなら居てもいいよ。その代わりあの部屋には入らないで……くれる?」

 那須川はリビングから見えるひとつの扉を指さした。

「分かった。あの部屋な。……ラッキー!こんないい場所に寝泊まりできるなんてツいてる」

『助かる!』と満面の笑顔の仁介に、那須川は言葉を無くした。
 恐ろしい事に躊躇もない姿。男相手に身体を売って日々を生きつなぐと言う様子。小さな事に喜ぶ屈託のない笑顔。
 コロコロと変わる彼の表情や様子に、那須川は目を、心を奪われた。
 こんな風に感情的になれたら……と胸の奥がざわつくのを感じた。この生き物を傍に置いておけば自分の感情も生き返るかも知れない。刺激を与えてくれるだろうか。
 那須川は仁介の坊主頭を撫でた。

「あ"?何すんだ」
「可愛いと……思って」
「……那須川、ヤベェんじゃね?」
「分かってる……よ。僕は結構ヤベェって……こと」

 那須川は仁介がまだ子供で、男で、そういう対象ではないと理解しながら無抵抗な唇に触れた。

「あ、やっぱり試してみたくなったか?舌ピ」

 どこか楽しげに笑う仁介は、きっと身体を差し出す事に抵抗が無くなるくらいに『慣れていた』。

「……仁介はゲイ……なの?」
「……いや、分かんねぇ」
「分かんないの?」
「おっさんの相手ばっかしてた」
「……慣れてる?」
「あ?あー……まぁ、ガキの頃からしゃぶらされてるし……母親の客と3Pさせられた時、母親と客に挟まれそうになってさ……あ!それから女が無理かな。流石に萎えちゃって突っ込めなかったけど」

 笑いながら話す仁介に、那須川の顔から貼り付けたような薄ら笑いが消えた。
 仁介はたいした事じゃないと己に言い聞かせるように那須川に笑い話として話した。それがどれだけ異常かは麻痺していて分からなくなっていた。

「そんな話、しなくてもいい……よ。嫌な思い出でしょ?」
「あー……別に?なぁ、なんか食い物ねぇの?」

 仁介は軽く返して、腹が減ったと腹部を撫でながら言った。
 那須川は適当にキッチンからスナック菓子を取り出した。

「料理とかしないから、何も……ないよ」
「食えればなんでもいい」

 スナック菓子を頬張り始めた仁介に、那須川はハードな生き様のくせに本当に子供だな……と眉尻を下げた。
 自分が抱えていると思った問題など、仁介に比べたらホコリくらいではないだろうか。

「仁介の歳……は?この辺りで商売するなら身分証……欲しくない?」
「17。『俺』を証明するものはねぇよ?」
「俺の弟ってことでフェイクID作って……あげる。小遣い稼ぎにやってるんだよ……ね。未成年だけどホストに行きたい子とか……パチスロ行きたい奴とか……タバコや酒を買いたい……とか」
「……なんだ。那須川も悪いやつじゃん」
「そう……かな?俺は手を貸しただけで悪いことしてない……よ?言ったじゃん。『金槌で殴らせるタイプ』……って」

 那須川はへらっと笑って、『好きに部屋で過ごしてね』と言ってから立ち入り禁止の部屋へと消えた。
 仁介は那須川の背中を見送り、久しぶりのテレビをつけた。高そうなソファに身体を沈めると、日々の疲れから眠気はすぐにやって来た。
 目覚めた時に掛けられていた毛布を見た時、仁介は胸の奥がほわっとするのを感じた。那須川は謎が多いし、話したいという理由も仁介にはわからない。だが、形として見える、はじめて他人から受けた『思いやり』は野良犬を懐かせるには充分な威力を持っていた。







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