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数日後。
『面倒事は嫌だから、やる事やって、勝った方が金を受け取って終わりだ』
馬のマスクを被った五藤はカメラを回しながら含み笑で告げた。
那須川と二村は別室でその様子をモニター越しに眺めていた。他にも、ライブ配信で有料視聴している人間が数人。
狭い四畳ほどの部屋には坊主頭で目付きの悪い若い男と、こちらも若い細身で血色の悪い女が向かい合うように小さなテーブルを挟んで座らされていた。腹が椅子に固定され、動けない。
『このリボルバーに弾は一発。ヤクザさんの処分に困った品物、つまりホンモノ。お互いの手の甲に当てて引き金を引いて、相手を撃った方が勝ち!撃たれた方が負け!以上』
「ちょっと待てよ。こんな銃、撃った後、警察に突き出されたらたまんねぇんだけど」
五藤が話し終えた時、坊主頭にトライバルを剃り込んだ男が低く威嚇するように言った。
それを聞いた女も、驚いた様子で五藤の馬面を見た。
『そういうの目的じゃないから。動画見て楽しみたいだけだからダイジョーブ。やめる?』
「……やるよ」
坊主頭は銃に手を伸ばした。
「ちょっと!アタシが先よ!」
「は?じゃあ早くやれよ」
慌てる女とは逆に、坊主頭はただ静かに受け答え、銃のグリップを女に向けた。
女は震えながらその銃を手にし、重さに、冷たさに震えた。
女は銃を手に、銃口を坊主頭の手の甲に向けたまま三分ほど震えて動かない。
痺れを切らした坊主頭は初めて声を荒げた。
「早くやれや!!」
その鋭い声に女は思わず引き金を引いた。引き金は重かったが空回りして、軽い音が鳴る。
女は短い悲鳴とため息を漏らしながら銃を置いた。
一方、坊主頭はすぐに銃を握ると、一も二もなく女の手を撃った。
空回り。
「ひっ……!!あ、アンタ、ちょっとは考えなさいよ!」
「は?弾、出るか出ないかなんだから、考えても仕方ねぇし、時は金なり。早くしろ。なんなら俺が全部撃ってやるよ」
坊主頭はそう言って自分の手の甲に銃口を当てて引き金を絞った。
『あー!それはダメ。一応ゲーム中継だから、そんな簡単に終わらせられちゃこっちも困るんだなぁ。……ッ!!!』
「悪い。一発撃っちまった。また俺でいい?」
坊主頭は四発目も撃っていいか?と五藤の馬面に鋭い眼差しを向けながら聞いた。
五藤は六発のうち半分終えて、四発目も…と言う坊主頭にゾッとした。普段、金が欲しくて欲しくて死にそうなターゲットを連れてきても、自分の身が代償となると戸惑い、弱音を吐き、降りたがる者もいる。今回の女もそう。座っていても足が震えているのが視界の端に見えた。
『……次は女だ』
五藤は声を絞り出した。
坊主頭は女に銃を回し、女はまた時間をかけて撃った。空回り。
坊主頭の番は女が泣き叫び、喚き、暴れたがら身体が固定されているので大した動きは無く、すぐに坊主頭は撃った。空回り。
残る一発は女の番。女の勝ちだ。涙でぐちゃぐちゃになったメイクで、女は笑った。
「アタシの勝ち!!終わりよ!」
『そうだ。早く最後の一発を撃って。それで終わり。3000万おめでとう』
五藤は撮影を続けながら、業務的に説明した。
女は勝利に喜んだが、五藤の言葉に固まった。
最後の確実な一発を打ち込む事を嫌がり始めた。
「勝ったんだから、やざわざ撃たなくても……!!」
『ルールだ。金を受け取りたけりゃ撃てよ』
渋って言い訳を並べるだけの女。
坊主頭は苛立ちを隠さず女の手から銃を奪い、自分の手に当てて引き金を引いた。重い音と、僅かな血が飛んだ。
じわじわとテーブルに赤い水溜りが広がっていった。
*
坊主頭は渡されたガーゼを適当に握って包帯を巻き終え、解放された身体で椅子から立ち上がる。
女は用意された3000万を抱いて高笑いしていた。
既に馬面の後藤の姿は無く、部屋には坊主頭と女だけ。
「……はぁ、ついてねぇ」
坊主頭は痛みに眉を寄せながら女を残して部屋を出た。
こんなチャンス、二度となかったのに…と奥歯を噛み締め、古いビルの階段を一段一段降りた。
ふと、坊主頭の視線の先にひとりの男が立っていた。灰色のさらりとした髪で、にこにこと胡散臭い笑みを浮かべた男。
「邪魔だ」
「ねぇ……キミ。名前は?僕は……那須川」
坊主頭はにこやかを崩さずに一歩ずつ近づく那須川と名乗った男に首を傾げた。
不思議な間を相手話す彼は、ずっと俯き気味で、時折視線だけを上げて仁介を見た。
「名前なんてどーでもいいだろ。那須川、あんた何者?」
「名前は大事……でしょ。僕と取引しない?お金、欲しく……ない?」
那須川は威嚇するような態度で睨みつけてくる坊主頭に苦笑いしつつ、長財布を懐から取り出して中身を見せた。万札だとすれば、軽く50万は現金が入っている。
「お金、好きなだけ貸して……あげる。無利子で。その代わりその金で何するのか……教えて。そして僕と一緒にいて……欲しい」
「……は?」
「さっきのゲーム見てた……けど、時々いるんだ。キミみたいにイカれた……人。人間の頭、金槌で殴れるタイプ……でしょ」
坊主頭は那須川の誘いの真理を探ろうと目を細めて睨むように眺めた。
「……那須川、アンタの方がよっぽど人間の顔面に金槌振り下ろしそうだけど?」
「僕は殴らない……よ。殴らせるのを見てる方がいい……かな」
那須川は財布から札を取り出すと、バッと辺りに撒いた。
「拾いなよ。お金……ないんでしょ?あげる……よ」
坊主頭は那須川を一度睨み、わざとらしく大きなため息を吐き出した。刈り上げられた襟足を撫でてから、しゃがんでぶち撒けられた紙幣を拾う。
数分、那須川は無感情にその姿を眺めた。まだ、高校生くらいかもしれない。目つきは悪いが、どこか幼さも感じる可愛らしさのある顔立ちだ。それなのに、あの度胸。どこから、そんなものを絞り出すのか。
しゃがんでいて丸くなっている背中を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていた那須川の鼻先に、紙幣の束が差し出された。
「……なに?」
「金、大事にしねぇヤツはクソだ。ちゃんとしろ」
那須川は目を丸くして札束を差し出す坊主頭を見つめた。
「俺は仁介。金持ちに金貸して金を稼ぐ。憧れてる男がやってたんだ」
「……ん?」
「賭場だよ。裏のな。政治家や警察官、そういう奴らは表立って金を借りられねぇけど、ギャンブルしてると手持ちじゃ足りねぇ時がある。俺は金利の高いATMをする。売り上げの何割欲しいんだ?」
闇金。案にそう言っていると察して那須川は口端が上がった。こんな子供が、そんな事を考えるのか……と。
「……そうだな……まずはどれくらいの利益が出る……か。それから決めたい……かも」
「いいよ。いくら貸してくれんの?」
『いくらでも好きなだけ』と那須川は目を細めて楽しそうに笑みを作った。
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