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 ーうらやましいなぁ……ー

 想が声の方を振り返ると春がいる。
 瞬間現実ではないと理解したが、あの当時のまま制服姿で暗闇に立っていた。想は動いたつもりもないのに足が勝手に春の方へ向かう。眼前にくると、春がじわじわ白骨化していった。

「ーーっ!!!」

 想は思わず飛び起きたが、すぐにベッドに沈められた。
 眠たそうな新堂に抱き込まれて、想は先程の新堂との出来事を思い出す。顔が熱くなるのを誤魔化すように新堂の腕に顔を埋めると頭上で微かに笑う声が聞こえた。

「まだ寝たばかりなのに、夢でも見たか?」
「いえ……起こしてすみません」
「無理させたか……」

 労るように頭を撫でてくる普段の仕草も、益々顔を赤くさせる。気持ちとは恐ろしい、と想は驚く。しばらく無言でまったりとベッドでくっついていたが、着信を知らせるバイブ音で新堂が身体を起こした。

「……なんだ。…でああ、分かった。早めにむかう。悪いな……仕事に行ってくる。想は要るものまとめて俺のマンションに来い。……来るだろう?」

 短い通話を終わらせてベッドから出るとあの煙草臭いスーツを着る。想は一緒に住むのかと驚いたが、新堂はそのつもりだったらしくマンションに帰れよ、と言った。

「いつものように勝手に入ってていい。こんな状況だから若いのが二、三人部屋の外にうろついてるがお前のことは知っているから。あんな告白しといてなんだが、まだまだ仕事がある。岩戸田も必死だろうよ」
「岩戸田……靖将?白城会若頭……本来なら彼が次の会長ですか」
「岩戸田のタヌキは俺が相当邪魔だろう。俺に序列崩されてプライドもないな」

 ネクタイをだらしなく締めた新堂が想の頬にキスをして、想が離れ際にネクタイをきちんと締めた。

「新堂さんはきちっとしてたほうが素敵です」

 そうか、と笑った新堂が部屋を出て行き、想が時間を確認すると朝の6時だった。今日は土曜だから仕事はない。素肌に触れる毛布の心地よさに、再びくるまってだらだらと昼になるまで過ごすことを決めた。







「悪い。待たせたか」
「いいえ、でも……もし許されるなら次からは自分は帰らせてもらいたいです。車で仮眠も今は良いですけど寒くなったら死ぬ覚悟がいりそうで……」
「分かった。早速会社の方に頼むよ」

 はい!と返事をして部下の運転手は気分良く車を走らせた。新堂は些細な要望にもよく答える。抑えつける力もあれば持ち上げる力もあった。
 白城会では会長の相談役として柴谷玄の手となり足となり仕事をしていた。まだ60手前の若さながら柴谷は若い頃から身体が悪く、もう殆ど外には出ない。見栄で顔を出さねばならない時や部下も含め他の組の者が会いに来るときだけスーツを着込んでどっしりと迎えた。
 柴谷は病弱な姿を新堂と担当医、身の回りの世話をする妻、血の繋がる一人息子にしか見せない徹底ぶりだった。現在は容態がすこぶる悪く、周知になったが。
 そんな柴谷は一番信用のおける新堂に白城会を継がせる姿勢を見せたのだ。
 15分ほどで新堂は会社に着いた。早朝だがすでに社内には人がおり、新堂を見ると笑顔で挨拶を掛ける。
 一件やくざの集まりとは思えない雰囲気だった。
 それもそのはずで、ここには一般人も多く働いていて主に金融関係、土地、輸出入など幅広く、弁護士としても働く人間も数多く勤務している。今は跡目問題もあり金の捻出に加え、岩戸田靖将に支持をおく幹部に手を回さなければならない。
 新堂を信頼する部下たちは今まで以上に働いていた。

「社長!遅いっす!幹部会はどうでしたぁ?」
「ああ、柴谷会長の容態をみんな心配していた。岩戸田は俺の粗探しで必死そうだったよ」
「社長の粗っていったら……岡崎組の若林さんとラブラブな事じゃないっすか?同門っすけど、余所の組の若頭と親しすぎて怪しいっす。悪巧みですか?」

 茶化すように新堂に親しげに話す男は白城会会長、柴谷玄の一人息子、柴谷凌雅(しばたにりょうが)。まだ25歳と若く、チャラチャラとした容姿や態度だが柴谷玄の血を引くと思わせる聡明さと人間を見る目のある青年だった。
 柴谷玄の言いつけで彼をヤクザの道ではなく経営者として教育することを命じられている新堂は秘書の様なことをさせていた。
 だが、凌雅は極道に惹かれていた。
 それを知る新堂はいずれトップになれるであろう資質はある凌雅の為にも白城会を継ぎ、土台を更に強固に堅めてやろうと考えていた。

「ああ、なかなか上手く行かない。最近悪巧みも滞っている。凌雅君がすぐ呼び出すからな」

 肩をすくめて見せた新堂は仕切られた自分のデスクのイスへスーツを投げ、ネクタイを緩めようとしたが、触れるだけで止めた。想がネクタイを外すことは多くあっても、締めてくれたのは初めてだった。

「凌雅君、それで問題って?俺じゃないと解決出来ないことなんだよな」
「はい!双龍会の戸部さんが今日の夜に会食をと……恐らく跡目のお話じゃないですかねぇ?直に連絡を寄越してくれって言うんすよ。戸部さんは伝統とか重んじる系っぽいから若頭の岩戸田押しかも」

 連絡先のメモを渡し、タブレットで今日の予定を読み上げた凌雅は軽く頭を下げて自分のデスクへ着いた。新堂が結ばれたネクタイを触りながら受け取った連絡先が載ったメモを指先で叩く。

「……双龍会戸部。面倒なじじいだな……凌雅君、柴谷会長の所に行くけど一緒に行く?」

 いいですよ!と爽やかな笑顔で立ち上がった凌雅はレザージャケットを羽織った。彼は人付き合いが上手く、距離の取り方、懐への入り方が天才的に上手い。才能だ。
 そんな男の教育を押し付けられた新堂は、彼の父であり白城会会長の顔が思い浮かび、やれやれと目蓋をとじた。








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