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「アタシが先だから!」
「リリナはなんでも一番が好きだよね〜」
「別になんでもいい…リリナが先で。早くティエル先生とガド先生の所に行こう」
三人の若者が全速力で街中から少し離れた農地な広がるあぜ道を駆けていた。
少し進むと、すぐに小さなパン屋が見えてくる。
リリナと呼ばれた浅黒い肌に青い長い髪の少女は、ニヤリと笑うと獣化した。黒オオカミの彼女はふたりの青年を置いて、ヒュンッと地を蹴った。
「あ〜あ、あれずるくね〜?」
「羨ましい…」
リリナはひと足先にパン屋に着いた。閉まっている店先に、フードから爪先まで真っ黒の外套を被った怪しい人物を見つけて立ち止まる。その人物は顔にも黒い布を巻いていて、怪しいにも程があった。
だが、リリナは人型に戻るとその外套の人物に抱き付いた。
「ハリス!!あっ王、さま…!!」
「リリナ」
名前を呼んでから言い直し、リリナは驚いて日陰にその人物を押し込んだ。
「なんでアンタ…!いや、なんで王様がここにいるのよ!ん?…いるのですか?!」
「いいよ、畏まらなくて。タジとイズーもくる?」
リリナと王様と呼ばれた黒い塊に、青年二人も追いついた。
リリナと同じく二人も息を整えながら驚いた顔で黒い塊、ハリスを見つめた。
「ハリス様!昼間ですよ!早く室内へ!」
「なんで店に入らないの〜?」
リリナが店のドアを開けようとしたが、鍵が掛かっている。ガチャガチャとノブを壊しそうな勢いのリリナに、タジという茶髪の小柄な方の青年が首に下げた鍵でドアを開けた。
「ティエルせんせーー!!ガドじぃちゃーん!!」
四人が店内に入ると、中はしんと静まり、人の気配がない。リリナの大きく明るい声が当たりを支配した。
その横で黒い外套に黒いマスクの青年はマスクだけを外した。
「ハリス、大丈夫〜?お日さまに当たったらだめじゃ〜ん」
鈍色の髪が光の加減で虹色に見える青年、イズーがハリスの顔を覗くように屈んだ。ハリスの黒い瞳が今にも泣き出しそうで、イズーは目を大きくして首を傾げた。
「身体、ツライの〜?どうして昼間に出歩くんだよぉ〜」
「ティエル先生とガド先生…国を出たんだ」
ハリスの震える声に、三人は息が止まった。
「もしかして、帰ってるかも…って…この三日、昼休みに城を抜け出して待ってるんだけど…」
「旅行とか?」
「そんな訳ないじゃ〜ん。先生たち、俺たちに何も言わずに行ったんだ〜…」
「……きっと森よ。アタシ追いかける!」
リリナがグッと拳を握った。今にも走り出しそうな彼女の手首を、ハリスが握った。
「僕にも何も言ってくれなかった。国の外門の番に『世話になったと王様に伝えてくれ。子供たちにもよろしく』と残してた。ガド先生はトラの獣型だったそうだ。最近、人型に戻れなくなってたって聞いた」
「あ〜あ、おじいちゃんだったもんね〜」
「寿命?」
「僕の祖父は先生たちと親しかったし、父も先生たちに訓練してもらってた。…俺たちも。ガド先生はだいぶ歳だったかもね」
「アタシのおじい様だって先生の親友だったもん。あー!学校一番で卒業したって言いに来たのに!アタシが誰よりも弓も体術も上手いのに!」
「先生、リリナが一番だってことは分かってたと思う。一番じゃなきゃ嫌なんだもん」
「タジのバカ!うっさいわよ!…ッ、せんせぇーー!」
リリナは目に涙を溜めて大声で叫んだ。
みんな黙り込む中、リリナの泣き声が店内へ吸い込まれていく。
タジはリリナの手を握った。
「ティエル先生はガド先生を森に送りに行ったんだ。戻るかも」
「はぁ〜?どうかな〜?僕はティエル先生、戻らないと思うけど〜」
タジのフォローを台無しするイズーが睨み合う中、ハリスは静かにふたりの間に入った。
「僕も…ティエル先生は戻らないと思う。でも、エルフなんだ。長生きだから…いつかまた戻るかも」
「いつよ!」
「ッ…分からないよ!僕だって先生たちに会いたい!家族みたいな存在だ!!」
ハリスは泣きそうになるのを耐えて声を荒げた。王様と呼ばれても、まだ十七を迎えたばかりの彼はどこか幼い。
そんな彼の震える肩をタジもイズーも、そっと抱き寄せた。リリナもその輪に加わり、ギュッと抱き合う。
「みんなそれぞれの隊に配属されるけど、明日も一緒よ。昼休みにここ!無理でも来て」
リリナの無理難題に全員の口元が微かに緩んだ。
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