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「お世話になりました。ケリー先生、イリカラ、またな」
「気をつけてねぇ。ハイドルクス王国に着いたら、リアリスという名のトリの獣人を探して手紙でも寄越しておくれよ。王国が合わなかったら、また森に遊びにおいでよねぇ」
「うん!手紙書くよ」

 ティエルの耳の傷がだいぶ癒えた頃にはガドの火傷も落ち着き、ふたりは森を出る事にした。ケリーに勧められた通り、ハイドルクス王国へ行ってみる事を決めた。
 イリカラはティエルを抱き締めて、離れ難い気持ちで一層腕に力を込めた。
 そんな彼の背中を、ティエルは優しく撫でた。イリカラは両耳が無く、自身も片耳のエルフになってしまったが、見た目など関係なく自分たちは生き残っているエルフなのだと実感する。

「ケリー先生がいるから寂しくないだろ」
「うん。本当にありがとう。手紙待ってるよ」

 ティエルとイリカラが別れを惜しむ、少し離れた場所で、ケリーはガドにこそっと耳打ちした。

「ねぇ。貰った爪の話だけど、ガドのキバや爪には悪い物を打ち消す不思議な力があるかも。毒草の瓶に漬けておいたら、毒性が消えたんだよねぇ。トラって神話では神の使いだから、祖先の能力があるかも。例えばエリの呪印そのものを消すとか…確認したかったねぇ…惜しい事をした…悔やまれる。私はヘビだが、昔の祖先から引き継いだのは雌雄同体だ。…まぁ、獣人だと両性具有になるのかねぇ」
「……ん?…えぇー…と?便利って事?」

 難しい話を一度にするケリーに、ガドは表情を固めたまま、これでもかと言う程首を傾げた。
 ケリーはケタケタと笑って頷いた。

「簡単に言えばそう言う事だねぇ。まあ、思い出して役に立てばって思っただけ」

 未だ、よく分からないといった様子のガドの背中を押して、ティエルの方へと追いやった。ケリーはガドが最後のトラになるであろうと確信して、目を細めた。ガドはティエルと最期まで離れないだろう。自然の流れの中で、消える種は消える。野生の動物だけが、摂理の中で生きて行く。
 小さくなって行くふたりの後ろ姿を見送りながら、自分も最後のヘビなのだろうと思うと、珍しく寂しく感じていた。

「ケリー、寂しくなったんでしょ。お茶でもいれようか?」

 見送りを終えたイリカラが、小屋のドアを開けながら振り返った。

「お願いしようかねぇ。イリカラ、ありがとう」

 ケリーはイリカラの背中を見てニヤリと口端を上げた。今までは人間の女性と子を成そうとしてきた。しかしイリカラは男性だ。これは良い試みだと、ケリーは好奇心が膨れ上がるのを感じて、小走りにイリカラの元へ急いだ。





 ティエルとガドは森を抜けて太陽の光を全身に浴びた。木漏れ日以外の、暑い日差しにふたりは外套のフードを被った。

「まだ陽が高いね」
「進めるだけ進もう」
「ねぇ、俺に乗ってく?」
「ふふっ、じゃあ荷物を持つ」

 ティエルはガドの荷物を受け取って二人分背負った。
 ガドは目を閉じ、ぶわわっと獣化する。伸縮性の高い衣類とは言え、パツパツに伸びた服を着た大きなトラ。それをみてティエルは笑った。

「可愛い」

 顔から首のふわふわした毛並みをごしごしと撫で、ギュッと抱き締めた。温かさが、脈拍が、優しさが伝わってくる。ティエルは自らガドの鼻先に自分の鼻を付けた。

「大好きだよ」

 ガドは口を開いて目を細めた。笑っているような、嬉しそうな表情だ。
 ティエルが背中に乗ると、短くひと声吠えたガドは地面を蹴って跳んだ。風を感じる速さは心地良く、ふたりはハイドルクス王国への道を真っ直ぐに進み続けた。






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