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 ティエルが目を覚ましたのは昼近く。周りには気配がない。だが、外から声や音が聞こえてベッドから降りると窓際に歩いた。
 小さな窓から見えたのは、ガドとイリカラが地面を掘り、ケリーは泣き声が聞こえたエリを抱き締めていた。掘っている穴の横には綺麗な桃色の布に包まれた塊。
 アリアナが亡くなったと察して、ティエルは自分も外へと上着を羽織った。ドアのそばの可愛い鏡に、チラッと映った自分の姿に足を止めた。

「そうだ…俺は…」

 髪はバラバラに切られて短くなり、右耳を中心に顔の右側面にはガーゼが貼られて、おかしい。片耳になった、愚かな自分を見つめて消えそう声で呟いた。

「エルフだから…出会えた…」

 昨晩のガドの言葉が自分の口からぽつりと溢れて、ティエルは目蓋を閉じた。
 長い間ひとりでいて、突然大きな存在を得た。それはティエルの手に余る程。
 しかし、その存在がいたからこそ、出来たこともある。物事を良い方に考えようと、自分に言い聞かせて目を開いた。
 青く、深い色の瞳と視線がぶつかり、頷いた。

「迷っても、大丈夫」

 ティエルはそう残して、皆に合流するためにドアを開けた。





「エリさん、ありがとう」
「いいよ!ティエルたちが呪いを消してくれたんでしょ?…ホントにありがとう!」

 エリはティエルの髪を綺麗に整えて、後ろから抱き着いた。ぎゅっと腕に力を込めると、ティエルはエリの腕に触れた。

「ティエルは美人だから髪が短いのもすっごく素敵!」

 ティエルは短く感謝の言葉を返して椅子から立ち上がった。エリはよそ行きの格好をしていて、少ないながら荷物を足元に準備していた。
 アリアナが亡くなり、皆でお別れをした後にケリーは言った。
『次の生贄が来ないように、エリと共に街へ行く。呪いは消えて、森から出られる事を伝えるねぇ。私には生贄が必要ない事を、エリを連れ帰って証明してくるよ』と。
 出来たらティエルとガドの荷物に関しても持ち帰ると提案した。
 準備をしていたエリは、ざんばら髪のまま見送りに来るティエルを見て慌てて整えてくれたのだ。

「俺も送りに行けたいけれど、逃げてきたから…」
「分かってるよ。ティエルもイリカラも、ガドも、ありがとう!エルフに会えるってすごいことなんでしょ?誰にも言わないけど、すごい!私、忘れないからね」

 エリはそう言ってティエルの頬にキスすると、荷物を持ってケリーの元へと走った。ずっと振り返りながら手を振る姿は可愛らしい。途中まで一緒に見送りに行くイリカラが荷物を代わりに持つ様子と、ケリーに小言を言われている姿が段々小さく、森へ消えていく。

「エリ、ママに会えたらいいね」

 ガドがティエルの隣にやってきて肩をぶつけた。
 その明るい声にティエルは少し彼を見上げて眉尻を下げた。

「きっと母親は喜ぶ。…ガド、昨日の夜は…すまなかった。…みっともなく、色々言って…」
「謝るのはナシ!でも、怖い事になる前に話してくれたら…嬉しいよ。俺は頼りにならないけど、ティエルのためなら誰よりも一番に考えられると思う」
「ああ、そうだよな。分かってるけど…嫌いと…言ったから」
「言葉なんか信じると思う?そんな風に思ってない事、分かってるから大丈夫だよ」

 ガドは八重歯を覗かせて笑い、目を細めた。ティエルの肩を抱き寄せ、短くなった髪に鼻先を擦り付ける。

「好きだもん」
「…俺も好きだ。でも…」
「でも?」

 ガドは眉を寄せて唇を引き結び、ティエルをじぃっと見た。怪訝な表情がおかしくてティエルの口元に笑みが生まれた。

「あんなこと言ったのに、これからも一緒にいてくれるのか?」
「当たり前だよ。俺が一緒にいたい」

 ふっと和らいだガドの目元にティエルは視線を奪われた。ドキッと胸が大きく鳴り、きゅっと締め付けられる感覚に俯く。それは痛いのではない。苦しく、甘い。
 何も考えず、ただ好きだと感じていたい。いつかそう思えたら…そのためにも一緒に、目的のハイドルクス王国へ行こうとティエルは迷いを消すように顔を上げた。

「明日も、一緒だ」

 ティエルの顔から不安のようなものが消え、ガドは青く深い瞳に釘付けになった。自分が微かに頷いたように感じたが、それよりも早くにガドが感じたのはティエルの唇の温かさ。身体が勝手に動いていた。
 驚いたような顔のティエルだが、ガドが角度を変えて唇を塞いだ事でそれを受け入れるように目を閉じた。腕を上げ、ガドの首へと回す。
 ちゅ、ちゅぷ…と互いの舌を甘く吸い、ガドが時折強く吸った。ぢゅっ、っと吸われ、ティエルはビクッと身体を強張らせた。ぬるっとした感触と逃げても追ってくるガドの舌に唇は閉じられず、熱い息がだんだんと乱れる。微かに離れた唇をティエルの目が無意識に追う。
 ガドは離れそうになる、色付くその唇を甘く噛んだ。
 途端、ティエルの身体から力が抜けた。がくっと膝から崩れるように。ガドはそれを支えたが、ティエルは俯いて手の甲で唇を隠した。

「す、すまない…力が、抜けた…ッわ!」

 ひょいと抱き上げられた瞬間、ぶわっとガドから濃いものを感じて、ティエルは息を呑んだ。あの時の、肌を感じた夜のような甘い空気。

「ガド、ッ…?」
「また、ティエルの身体に触りたい…してもいい?ねぇ、ティエル」

 ガドは自分がティエルの良い香りに感じている感覚、満たされて幸せで堪らない気持ちをティエルにも感じて欲しいと思って、耳元に強請った。ガーゼの上に優しくキスして、ケリーが言っていた事を思い出す。
『お互いが満たされる行為』
 自分がティエルに抱く気持ちと行動は、変なものでは無かった事がガドには嬉しかった。触れて、感じたい。熱を共有して、自分の気持ちをもっと知って欲しい。出来るなら安らぎを得てもらえたら…。
 ティエルはガドの低く掠れた声に耳元で何度も名前を呼ばれて、身体中が沸騰するような熱が渦巻くのを感じた。
 目を閉じて自分の胸に顔を擦り付けるガドに、ティエルの唇が震えた。そっと、黒く跳ね回る髪を撫でた。

「ま、だ…明るいから…」
「明るいから?」

 ティエルの小さな抵抗の声に、ガドは『明るいからダメなの?』と首を傾げてから甘えるように首筋に鼻先を擦り付け、頬にキスした。
 強く求められ、可愛く甘えてくるガドを拒みきれず、首元に顔を埋める彼の頭を抱き寄せてティエルは一度小さく頷いた。






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