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「ティエル、このまま行く?戻る?」
「…………」
「ティエル…?」

 ガドはティエルの顔を覗き込んだ。目蓋を閉じて、静かに浅く呼吸を繰り返している。

「気を失ったかねぇ?」

 ガドに追い付き、ふたりを見守っていたケリーが木々の間から声を掛けた。

「ケリー!」
「あーあ、せっかくの髪が勿体ない。これは丈夫で美しいねぇ。何にでも使えそうだ。頂くよ?」

 ケリーは地に落ちているティエルの髪の束を拾って薄い月明かりに透かして見た。見惚れるほどに輝くそれに満足そうに目を細める。

「傷を見ようか。…馬鹿なことをするねぇ」
「耳、生えないよね?」
「生えないねぇ。不安でいっぱいになったり、こんな風に何かに夢中になると爆発しちゃうのかねぇ。心っていうのは厄介だねぇ」
「どうしたらもっと安心できるのかな。人間を怖がってる」
「人間は数もさることながら欲が深いからねぇ」
「このまま、この森で暮らせば安心かな…」

 ふと、人に触れずに森で生きる事を選べるとガドは瞳を大きく開けた。
 ケリーはその様子に歩きながら笑う。

「いいねぇ。賑やかなのは歓迎するよ。でも、それって本当にティエルの不安を解消できるのかねぇ?」
「…のんびり過ごせるよ?」
「ハイドルクス王国へ行くんだろう?行くべきだよ」

 知っているようなケリーの口ぶりに、ガドは伺うように見た。

「半年に一度、この森にハイドルクスからトリが来る。獣人のねぇ。医療器具や本を届けてくれる。生贄を面倒見ている私が動けないからねぇ」
「それって…仲間って事?」
「たまたま、今回のように怪我をしたトリの彼女を助けたのがきっかけでねぇ。希少種の私を気に掛けてくれるくらいに、いい王様がいるよ。大昔、最後の二匹だったトリの獣人を、今や五十匹以上に繁栄させた国さ。エルフも二人いると聞いたよ。行って見るべきだと思うねぇ」
「すごい…人間の王様でも良い人がいるのか…」
「うーん…私は会えていないけれど、人間とも言い切れないかもねぇ」

 なんとも答えにならないケリーの言い方に、ガドが混乱しはじめた。その様子を笑って、腕の中のティエルにケリーは触れた。
 
「ふたりは恋人だよねぇ。セックスはしないの?私は繁殖にしか興味はないけれど、人間や人型で生活する獣人は繁殖目的以外でも交尾をする生き物だ。愛を感じたり、安心を得たり、肌を重ねて感じられるものがあるんだとか。謎だねぇ」
「…分かるかも。交尾とは違うけど、ティエルがキスしてくれると、胸がぶわぁってなって身体がゴゴッて熱くなる。ティエルを食べちゃいたいような、誰にもあげたくない感じ。何度もキスして、ティエルの息遣いとか体温を感じて、幸せっ!って思う感じかな?ティエルもそう思ってくれてるいいんだけどなぁ…」

 ケリーは目をキラキラさせて言うガドがおかしくて、口元を隠して笑った。

「可愛い子だねぇ。熱くて羨ましいねぇ。…男同士はなかなか大変だから、香油を使ってごらん。あげるよ。キミみたいに若くてメロメロな子が相手じゃあティエルももたないだろうしねぇ」
「へぇ?」
 
 これ以上は面白くてやめられなくなりそうだと感じ、ケリーは薄笑いで誤魔化した。
 会話をしていてもずっとティエルを心配するガドをなだめながら、ケリーは時折容態を確認しつつ小屋への道を急いだ。








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