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「ケリー先生…!見て!!私、森から出られてる!!」
「エリ、よかったねぇ」
エリは月が頭上に到達しそうな頃、星空の下でケリーを抱き締めた。
皆で夕食を終えた後、ケリーはティエルの話を掻い摘んでエリに伝えた。
『呪いが消えた可能性がある』と。
アリアナの為に万全ではないティエルは小屋に残り、ガドとイリカラとケリーがエリを森の境界へ連れて行った。
エリは森から出た事が無く、思い出して怖がるアリアナから『息が出来なくなって、頭が割れそうに痛い』と聞いていた。少しの恐怖と、大きな期待がエリを震わせた。
ケリーはそんなエリの手を握り、ゆっくりと森の外へ歩んだ。
そして、期待通り、呪いは効力を失っているようだった。
「私、家に帰れるのかしら?!ママに会える??」
目を大きく開き、興奮気味に声を爆発させるエリは子供のようだった。
すぐ近くで様子を見守っていたガドは喜びが溢れ出るエリに駆け寄りケリーの身体ごと抱き寄せた。
「エリ!よかったね!」
「嬉しすぎるよ!!」
「よかった…エリ、すごく喜んでる」
イリカラは自分を救っただけでは無く、エリの自由も得ていたティエルにも彼女の笑顔を見せてあげたいと強く思った。目に焼き付けるように喜ぶ姿を見つめる。
いつもは静かで少し不気味な森を、弾ける泡のような軽く明るい笑い声が全く違う場所のように見せた。
エリはケリーとガドに挟まれるように抱き締められたまま、涙を流して無邪気に笑った。
*
随分と夜更かしをした皆がソファやベッドに入り、寝息が聞こえ始めた頃、ティエルは静かに小屋を抜け出した。
森の住人のティエルにとって、昼の森でも夜の森でも迷うことはない。木々は静かで良い夜だと葉の隙間から覗く月を見上げた。
少しふらつく足を引き摺り、出来る限り離れようと一歩を出し続ける。ブーツが重いと感じたのは初めてだった。
「…何もない」
荷物は宿に置きっぱなしで、外套もない。護身用のナイフがズボンにのポケットにあるだけだ。
足を止める事なく、木に触れながらゆっくり進んだ。
イリカラと再会して、ティエルは頭の中がぐちゃぐちゃだった。
変わらぬ声と姿のイリカラを見たとき、身体が熱くなるような、胸の高鳴りを覚えた。けれど売春宿に囚われていたと聞いて、やはり人間が憎いと思った。耳を切ってまでイリカラを人間と偽り閉じ込めて、長年に渡りその美しさを利用した人間が恐ろしかった。
だが、ティエルは一番怖くなったのは、助けたいとか、守りたいとか、そういう自分の中の感情だ。どんな時も、その感情の所為で何かを傷付け、何かを得る代わりに何かを失うような、そんな感じだ。
王様を殺すために矢を放った時、何も感じていなかった。しかし、ガドの正直でまっすぐな瞳に見つめられると逸らしてしまいそうになる。
まるで世界に二人きりしかいない…とでも言うくらい一心に『好き』だと気持ちを向けられ、嬉しいのに自分には不相応だという気持ちがティエルの心の端にチラつく。
ひとりでいた時は感じなかった様々な感情がたくさん押し寄せて、ティエルはいっぱいいっぱいだった。
「…はぁ…はぁ…」
戻り切っていない体調に、ティエルの足がついに止まる。
「人間だったら…」
人間に怯えず、憎まず、ただ生きられたのか。ガドと最初に会った森に居座り、彼の眩しくて大きな気持ちを素直に受け取り、同じように返せたのか。ガドを危険な目に遭わせる事もなかったのではないか。
長生きしている割に、何にも振り回されてしまう自分が嫌になる…とティエルは目を閉じた。
折り畳みナイフの刃を出して、緩く三つ編みにしている髪を掴んだ。
「…ずっと、ひとりならよかった」
月明かりの下でキラッと糸のように輝いていた髪に、ザクザクと雑に刃を入れる。エルフの髪は多く、強い為、思ったより力が要った。何度か刃を動かす。バサっと毛束を地面へ落とすと、軽くなった髪を夜風がふわりと撫でた。そしてティエルは耳を掴んだ。
どこに行くにしても容姿を隠す物は暫く手元に無い。それならエルフと疑われるものは持たない方がいい。
イリカラがそうされたように。
「初めからこうしていれば良かった…」
止血用に服の両袖を切り、右耳の根元に刃を当てた。その冷たさにティエルは少し震えた。何度か呼吸を繰り返し、歯を食いしばる。
「ーーーーーッ!!」
ナイフを入れると何とも言えない柔らかく硬い触感が刃から伝わり、戦慄いた。そしてすぐに想像より強い痛みが傷口から湧き上がった。
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