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 ケリーの手つきは慣れていて、ガドはただその動きを不思議な感覚で見つめることしか出来なかった。

「ヘビの毒牙には丁度良い穴があるんだよねぇ。削ってぎりぎりまで細くしてある針を静脈だかなんだか…に挿し込む。人型の生き物は構造が同じで助かるねぇ。で、このツタ植物の管を使って割合を計算して作った水分を身体に流してやる。よくないものを流すイメージかなぁ。後は経過観察。これが原因で具合悪くなっても嫌だしねぇ?」

 ケリーはペラペラと適当な説明をしながら作業を終えた。ティエルが横になるベッドのそばに立つガドに座る事を勧めた。

「次、トラくん。ティエルの横に座って」

 ケリーは目を細めて火傷の程度を観察してから傷全体を消毒しながら異物を取り除いた。イリカラの採ってきた植物を潰して練りながら黙って静かなガドの様子に小さく笑った。

「ティエルの事、好きなんだねぇ。すごく痛いだろうに」
「俺なんか…それより、大丈夫かな…ティエル」
「そばにいてあげたら良いよ。イリカラも二人を心配してる。道中話を聞いたけど、彼…自分を責めてたからねぇ」
「イリカラが?」

 ティエルを見つめていたガドは顔を上げてケリーを見た。ケリーが思っていた通り、ガドは少しもイリカラに非があるとは感じていない様子だ。

「イリカラは何も悪くないのに…」
「うん。彼にもそう伝えてあげてねぇ?」

 エリのお茶汲みを手伝いに行ったイリカラの落ち込んでいる背中がガドの記憶に新しい。
 練った植物を腕全体に塗布し、薄手の清潔な布を当てて包帯を緩く巻き、ケリーは安心するように手当ての済んだ手を握った。互いを思いやる事が出来る者たちだと感じられた。すぐに追い出さずに済みそうだとホッとケリーの目元が緩んだ。
 
「あぁ、獣化禁止ねぇ。薬草も『人間量』だから」
「うん。ありがとうございます」

 綺麗に巻かれた包帯に触れてガドが感謝を伝えた時、ケリーは珍しい黒髪に改めて目を留めた。好奇心には逆らえない。

「トラくん、希少種だよねぇ?私もそうなんだ。爬虫類は殆ど居ないって言う歴史がねぇ…仲間や両親はいるの?」
「ん?あ…えーと、いないです。実は赤ん坊の頃に森に住む人間のお婆さんに拾われて育ててもらったんです。その人が亡くなってから、ずっと森で死ぬまで一人で動物と暮らすんだって思ってたけど、ティエルに出会って…」
「一人か…なるほどねぇ…。このまま、希少種の獣人は絶滅していくんだろうか。私は長生きしているが、生贄として出会った人間の女と合意の上で交尾しても一度も子を授かった事が無いなぁ。人型とは言え、爬虫類が私の本質で、人間は哺乳類。結局種が違うからかねぇ」
「???…ケリーの話、難しい…。友達のオオカミは、人とも赤ん坊は出来るって言ってた気がする。その場合、ほぼ…人間の子が生まれるって。他種の獣人同士だと、目が見えなかったりを生まれつき持ってしまうって聞いたけど…」
「へぇ!そうなのかぁ。他種同士はやはり上手くいかないものか。他種では互いに交尾したいと思う事はないだろうに、どうやってそんな研究したの?無理矢理交尾させたのかな?長く森から出ていないから新しい話はとても楽しいなぁ!トラくんは交尾経験は?一般的に動物の虎は繁殖し難いって書物では読んだ記憶があるけど、どうなの?この辺りには虎は居ないからねぇ」

 ケリーは目を輝かせて色々と質問を投げ付け始め、ガドが目を丸くしているとエリの笑う声が聞こえた。

「ケリー先生!そう言う話はデリケートな問題です。困ってるじゃないですか!」

 ごめんなさい…とエリはガドに紅茶を渡し、呆れたようにケリーのそばの診療台にも紅茶を置いた。後ろからイリカラがクッキーを手に顔を覗かせた。

「エリさんが作ったクッキーだって。すごく美味しそうだよ。…ガドくん、腕は痛む…?ごめんね、俺のせいで…ティエルも…」

 だんだんと声が小さくなるイリカラに、ガドは紅茶を置いて立ち上がった。そっとイリカラの肩に手を置く。

「イリカラを連れ出せてよかった。ティエルもそうしたかったんだから、いいんだ。こんな火傷大した事ないし、ティエルもきっとすぐ目を覚ますよ!だって怪我したとかじゃないんだから」
「ガドくん…」
「二人とも、お茶が冷めないうちに。ティエルが目を覚ましたらまた色々聞きたいからねぇ」

 ケリーはクッキーを一枚、口へ運び、エリは彼の好奇心にうんざりした様子で紅茶へ口を付けた。
 ガドが再び始まったケリーの質問攻撃に困っている横で、イリカラは眠るティエルの髪に触れた。目を覚ました彼に『ありがとう』を早く伝えたい。そう心に決めて触れた髪を優しく撫でた。









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