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 ガドが目を閉じると身体は途端に縮まり、泣きながらティエルを抱き締める青年に変わった。
 イリカラは抱き付いていたトラが腕に収まる人の姿に変わり、少し驚いた。けれどすぐに、そっとその頭を撫でた。

「ティエルのこと、大事に思ってくれてるんだね」
「…俺、いつもティエルを守れない…っ」

 ポロポロと涙を零しながらもガドばティエルを横抱きして立ち上がった。火傷の痛みなど忘れたようにぎゅっと細い身体を抱える。

「…まぁ、トラくんの治療も必要だし、取り敢えずウチにおいで。イリカラ、その薬草よく見つけたねぇ。さ!善は急げ。治療は早い方が良いからねぇ」

 ケリーは長い舌を出してチロチロと揺らした。急かすように歩き出して手招きをする。
 ガドはイリカラに促されて重い一歩を踏み出した。

 



 ケリーに続いて二十分ほど歩いて行くと小さな小屋が見えて来た。小屋の西側には簡単に立てられた墓標のような木板が十近く立てられ、どの木板にも花が添えられている。
 
「…誰かの墓?」
「昔、私の父親が貰っていた生贄?の人間たちの墓だねぇ。知らないかなぁ?『森には人喰い大蛇』って言う迷信。私の父親は何でも食べ尽くす大蛇だったねぇ。お陰で森は死にかけていたし、ウルテリアの街は森から大蛇が来るって心配してたのかもねぇ」
「…街の人たちのは話なら聞いたかも」
「父親が死んでからは人を食べるヘビなんていないのに、人間は愚かだねぇ。調べもせずに生贄を森へ放り込むんだから」

 イリカラはケリーの話を聞きながら少し後ろを歩くガドへ視線を向けた。ずっと黙ったまま、火傷の応急処置も拒否してティエルを抱えて歩き続けている。
 心配している様子に気付いたケリーはイリカラの肩に優しく触れた。

「俺のせいだから…」
「そうかなぁ?私は知らないけど、トラくんはイリカラを責めているようには見えないけどねぇ」

 そう言って小屋の扉を開けると、中には老人と若者が居た。どちらも女性だ。

「…おかえりなさい。ケリー先生…新しい生贄…?」

 まだ二十代ほどの女性は驚いて目を丸くしてケリーの後ろのガド達へ視線を変えた。椅子に座る老人は、静かに目を閉じて動かない。

「ただいまエリ。彼らは客だ。怪我人でねぇ。診療室を使うよ」
「分かりました!用意するものはありますか?」
「点滴と、生理食塩水、清潔な布を多めに、包帯と…温かい飲み物かなぁ」

 エリと呼ばれた女性は頷いて早足で奥の部屋へと消えた。

「じゃあ、みんなも奥へ。あ、あの椅子の女性はアリアナ。もう老衰で長くないねぇ。生贄として放り込まれて五十年近く私と過ごしたかなぁ」
「では、エリがアリアナの次の生贄…?」
「そうなるねぇ。可哀想だけど、呪いがかけられていて森から出られないらしいんだよねぇ…だから、少しでも森で心地よく過ごしてほしくて家を建ててみたり、エルフの教えもあって医者の勉強をしたり、弱い人間を治したりしながら生活しているよ」
「…思ってたより優しい…」
「可愛い顔して随分と失礼だねぇ」

 イリカラは『人喰い大蛇』の今の様子に目を細めた。
 奥の部屋からエリの声が聞こえて、ケリーは診療室へガド達を促した。

 





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