33






 ガドは動揺しているティエルの手を引き表通りに出た。追ってくる男たちはまだ来るが、大通りの脇に停めてある馬車に身を屈めて隠れた。

「さっきの、ティエルの友達…?」
「…イリカラって言うんだけど…彼も弓が得意で、一緒に高い木になる実を取りに行ったり、病気を持ってしまった動物を狩って弔う仕事をした事がある…」
「だからティエルの名前を知ってたんだね」
「ああ。あの女主人はイリカラが…エルフだって知っている様子だった。知ってて店に置いてるのか…?」
「ティエルの事も気づいたよね。帽子かぶって耳も髪も隠してるのに」
「ああ。俺を『イリカラと同じ長耳』って。金持ちに売らないって事か…?大金だぞ」
「…イリカラを助けてくれてるとか?」

 確かに、王族や貴族に売られたら血や骨が万能薬だと言う迷信を信じている場合、殺される可能性もある。売春する代わりに身分を隠してもらっているのかも知れない。
 しかし、追手を向かわされた今、そんな良心が存在するとはガドもティエルも思えなかった。

「…イリカラに…捕まっているのか、望んでそこにいるのか確認したい…」

 もし、望まぬ状況なら助け出したい。捕まっているのが小さな売春宿なら、助けることも出来そうな気がする。
 ティエルの眉がつり上がり、ガドは小さく頷いた。

「お店は夜に灯がついたよね?朝はおやすみかな?」
「たしかに。昼間は閉店しているかも」
「俺が見てくるよ」
「俺が行く」
「ダメだよ。ティエルを捕まえようとしただろ?まだ待ってるかも」

 ティエルは小さく喉を鳴らした。
 イリカラの今にも泣き出しそうな顔が思い浮かぶと、嫌な想像しか出来ない。望まずに囲われ、客を取らされているのかも…と。一晩、いくら程なのかティエルは分からないが、エルフは二十歳を超えた辺りから外見的に歳を殆ど取らなくなる。この十年近くの間、ずっと客を取り続けていたとしたら、相当な稼ぎかも知れない。そして変わらぬ容姿が有れば、この先も…。ある意味一瞬の大金より金になるのかもしれなかった。

「…イリカラ…」
「心配だよね。でも、怪我してる感じはなかったし、明日朝早くにこっそり見に行ってくるから。取り敢えず鍵があって安心できる宿に入ろう?」

 考え込みそうになっていたティエルの中に に、冷静なガドの声が優しく広がった。守ってやらなければと思っていた男が、頼りになる男に見える。ティエルは身を隠したままガドの手に触れた。
 通りを警戒しているガドと視線は交わらなかったが、触れた手を大きな手が握った。その熱さにティエルは怖さが和らぐのを確かに感じた。





 ふたりは取り敢えず裏通りから離れた宿に入った。観光客らしき人たちも見え、身を隠すには丁度良さそうだ。
 宿代は少し高めだったが、鍵も掛かるし受け付けでは部屋に続く階段前で名前をサインするくらいにはチェックされるため、観光客などの人気が高い宿だ。

「…すまない。こんな事にお金を使わせて」
「どうして?殆どティエルの稼いだお金だし、こう言う事にしか使わないだろ?ティエルはほとんど食べないし、どうやって元気なの?」

 ガドはからかうように笑ってティエルの頭を撫でた。
 荷物を下ろして窓を開けると、夜の涼しい風が部屋にやってくる。今まで利用したどんな宿よりも綺麗でガドは細かい装飾のランプシェードに興味を引かれて覗き込んでいる。
 ティエルは質の良いベッドに腰を下ろしてブーツの紐を緩めた。イリカラの事が気になり、紐に指を絡めたまま止まってしまう。それに気がついたガドはティエルの足元に膝を着くとその手に触れた。
 ティエルの代わりに紐を緩めてブーツを脱がす。一連の流れを呆然と見ていたティエルが小さくガドの名前を呼んだ。

「…ガド…」
「知ってる仲間に会えたのに、辛いよね。ずっと探してたんだもん」

 もう片方のブーツも脱がされ、ティエルはベッドに座ったままガドを見つめて黙った。

「…俺が捕まっちゃった時も、ティエルにそんな顔させたのかな?」

 ガドは膝を着いたまま背筋を伸ばしてティエルの唇に頬を寄せた。険しい顔をしている彼の頬に鼻先を擦り付け、唇が触れそうな距離にゆっくりと動かす。

「そんな顔、させたくないよ。辛い事とか、無くなればいいのに」

 子供じみた事を小さく残して、ガドはティエルの唇を塞いだ。
 唇の温もりを感じたティエルは張っていて気持ちが解れるようにゆっくりと目蓋を閉じた。
 微かに開いた唇に誘われるようにガドは舌を差し込み、ティエルの舌を舐めた。控えめな動きを伺うように舌でティエルを追えば、キスの隙間から漏れる彼の吐息が甘く変わる。
 チュッ…と唇を軽く吸って、名残惜しむように唇が離れた。

「ガドが居てくれて、よかった…ひとりだったら、どうしたか分からない…」

 辛い事が無くなる事はないだろうが、ガドがそばに居るだけで違う事をティエルは知った。大丈夫だと思える。
 ティエルは跪いているガドに身体を寄せると抱き締めた。
 ガドはティエルを抱いたまま立ち上がり、自分がベッドに腰を下ろした。ティエルの胸元に顔を擦り付ける。
 甘えるガドの髪を撫でて、ティエルはガドをベッドへ押し倒した。
 ほんのりと染まる頬とは逆に、照れを隠すように寄せられたティエルの眉に、優しく笑みを向けるガドが頬に手を伸ばした。

「ガド…キスしてもいい?」
「うん。ヤダなんて言うわけないじゃん」

 ティエルは帽子を脱ぎ捨て、馬乗りのまま身を寄せた。数秒ガドを見つめると、唇へ噛み付くようにキスをした。








text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -