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 やはりウエストハード王国同様、ウルテリアの街でも薬草は高く売れた。王族達のみならず、どこでも病に警戒が強まっているようだ。
 ふたりは薬草を換金して屋台で食事を済ませた。ガドは柔らかいパンにソーセージを挟んだ物が気に入り、ふたつをぺろりと平らげた。

「ごちそうさま。ガドの食べてるところ、すごく好きだ。美味しそう」
「ホント?前も言ってたよね。嬉しい」

 ガドは楽しそうに話すティエルに笑顔を向けた。彼の笑顔に胸がふわっとする。
 厳しい事を言ったり、優しく触れたりしながら、新しい事を次々に見せてくれるティエルは一緒に居て楽しい特別な相手だ。そして、警戒心の強いティエルの隣に居て彼の本音を聞いたり、気を許されている事を実感してガドは自分は彼の特別なのだと感じられた。
 ガドはティエルの手を取ると、その手にある食べかけのトマトをパクリとかじった。
 ティエルは驚いたが、すぐに笑った。

「ははっ、ありがと。お腹いっぱいだった」
「だと思った。いただきます」

 拳大のトマトの半分も食べないティエルの身体を不思議に思いながら、ガドはふた口で残りを食べ終えて口元を拭った。

「よーし、散策!」
「はいはい」

 眉を下げて笑うティエルの頬にガドは唇を寄せた。

「ティエルの笑顔好き」

 突然のキスに驚きつつ、ティエルは少し頬を赤くしてガドの鼻先に指先で触れた。

「恥ずかしいから」
「キスしたらダメ?」
「…ダメじゃないけど、二人きりの時がいい」

 俯いて立ち上がったティエルを追うようにガドも立ち上がる。ティエルはガドの手を引いて裏通りへと進んだ。
 いつも人目を気にしている自分にうんざりしながら、ガドの素直で大らかな性格に憧れに似たものを感じる。ガドといるとエルフ だと忘れて帽子も被らず走り回って楽しみたいと思う。目的地までただひたすらにコソコソと進んで来たが、旅が楽しい…と感じている。憎しみや恐怖以外で心の中がいっぱいになる。
 ティエルは裏通りの細道に入ると辺りを見回してから、よし!と小さく頷いた。

「少し屈んで」
「う?ん…?」

 手を引かれるがまま後を追ったガドは立ち止まり、改まってからの頼みに少し膝を曲げてティエルの目を見つめながら首を傾げた。 ティエルの視線は彷徨っていたが、ガドの伺うような表情に促されて視線が絡んだ。
 ティエルは顔を寄せ、唇が触れそうな距離になると瞳を閉じた。触れると、お互いの温もりが唇にだけあるような感覚に呑まれる。自然とガドと目を瞑っていた。
 三秒ほど触れていた唇がゆっくりと離れて、ふたりは同じように目蓋を開けた。

「…ティエルのいい匂いする」
「…ガドの事が好きって言う匂いなんだろ?」
「そうだったら嬉しい」

 へらっと笑うガドと少し照れたように口元を緩めるティエルは暗い細道から出た。
 裏通りは表通りより活気はないが、ちらほらと人が行き交っている。店も多いが、ひっそりと開いているような雰囲気だ。一時間ほどすると空が暗くなりはじめて、表通りと裏通りの差が目に見えた。歩きながら店を眺めるが、なかなか入り難い。
 ガドはティエルの手を握ったまま歩いていたが、立ち止まった。
 振り返るティエルが首を傾げる。

「ここは薄暗いから表に戻ろう。泊まる場所を探さないとだよね」
「ああ。分かった。もう散策はいいのか?」
「うん。満足した。色んな匂いや気配がするけど、少し変な感じ。なんか…言葉には出来ないけど良い匂いじゃない」
「…そっか。鼻が利くからいいよな。ガドは」
「ティエルの匂いが一番いい匂い!」

 ギュッと手を握り直すガドに呆れたようにティエルが眉尻を下げた時、裏通りのライトが暗く灯りを灯した。不思議で、少し不気味な灯りにティエルは思わずガドに身を寄せた。
 ガドも突然の点灯に身を固める。

「驚いた…!灯が突然着いた」
「これからお店が開くのかな」
「いらっしゃい。旅のおふたりさん?開店に店前なんて、長旅ですか?」

 胸元を露わにした化粧の濃い美人が開け放った扉にもたれかかりながら手招きして見せた。
 独特の香の匂いが漂い始め、思わずガドは鼻と口を隠すように手を当てた。

「よく見ればふたりともタイプは違うようだけど若くていい男じゃないか。サービスするよ?いらっしゃいな。可愛い娘がたくさんいるよ」
「っ大丈夫です」

 売春宿だと理解したティエルは慌ててガドの手を引いて店前を離れるように足を早めた。

「…へ、変な甘い匂いした…」
「だろうな。俺にも匂ったくらいだ」
「ティエル・アロアフィ!!」

 足を止めずに歩いていたが、不意に頭上から声が降ってきて、ふたりは足を止めて見上げた。
 ティエルは自分のフルネームが呼ばれた事に心臓が跳ねた。

「イリカラ…?!」
「…ティエル…生きてたんだ…ティエルだ…よかった…」

 二階の鉄格子の付いた窓から覗き込んでいたのは、ティエルにとっては見知った顔だった。
 ガドも思わず言葉を失う。イリカラと呼ばれた人物は、ティエルの容姿に凄く似ていたからだ。金の長い髪は薄明かりでもキラキラと輝くように揺れ、遠目から見ても整った顔立ちに青い瞳。ティエルより少し鼻が低く、小ぶりの目元が幼さと中性的な印象だ。

「…エルフ…?」
「そうだ…同じ森の…」

 建物の二階を見上げて立ち尽くし、ひそひそと囁き合うふたりに、女の声が掛かった。

「お目が高いねぇ、お客さん。うちは男色の売春屋さ。あの窓辺の子は一番売れっ子よ。綺麗な子だろう?一晩どうだい?なんなら、ふたり一緒に相手させようかい?」

 女が一階の窓からふたりを呼び止めた。この辺りは売春宿が多い事を察してガドはティエルの手を強く握った。早く離れようと一歩踏み出すが、店主らしき女が声を荒げた。

「…ちょっと!!!小柄のアンタ!!イリカラにそっくりじゃないか!!耳長だね!!」

『捕まえな!』と叫ぶ女の声が響いた。宿の用心棒らしき男が数人建物から出てくる。
 ガドはティエルの手を引いて走り出した。

「ティエル!!」
「っ…すまない!」

 ティエルはイリカラの今にも泣き出しそうな表情から目が離せずにいた。ガドに名前を呼ばれて我に返り、全力で走り出した。







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